海

34 小川洋子 新潮文庫

コペンハーゲンで読んだ本。薄い短編集。初刊は2006年である。もう二十年近く前なのね。でも、小川洋子らしさにあふれている。

表題作「海」では、婚約者の実家に挨拶に行った主人公が、義理の弟となる人の持つ「鳴鱗琴(めいりんきん)」という不思議な楽器と出会う。海からの風が届くと、楽器の浮袋の脇にある細長い隙間を通り抜ける時に飛び魚の弦を揺らす。演奏者は、浮袋の口から息を吹き込み、風の邪魔をしないようにその振動を浮袋全体に共鳴させ、鱗に伝える・・・。おお、小川洋子ワールド全開ではないか。そんな楽器がどんな形をし、どんな音楽を奏でるのか。妄想は果てしなく広がる。

「風薫るウィーンの旅六日間」は、ウイーンの旅を楽しむつもりが、迷惑な同行者のせいで思いがけない展開となる話。「バラフライ和文タイプ事務所」は、なんと官能小説を、という注文に応じた短編。そうか、こう来たか、小川洋子の官能小説はこうなるか…と唸ってしまう。「ガイド」は観光案内ガイドの母親が集合用の旗を紛失してしまい、それを助ける少年の話。旅先にいると、観光ポイントには様々なツアー客がいて、その先頭には趣向を凝らした(見誤らずに自分のガイドを特定できるための)個性的な旗を立てたガイドがいる。それを見る日々だったので、何とも共鳴するものがあった。

小川洋子は面白い。ほかのどんな人も思いつかないような不思議な世界に連れて行ってくれる。まだ読んでいない短編があるのがうれしくてならない一冊だった。