無国籍

無国籍

2021年7月24日

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「無国籍」 陳天璽 新潮社

無国籍、というのは基本的にあってはいけない状態だと私は思っていた。なにか特殊な事情があって、国籍を持たない子が生まれたとしても、それは何とかしてやらなければならないことであって、しっかりした大人が、どうにかその子に国籍を与えてやらなければならない。そんなふうに考えていた。

けれど、世の中には、自ら無国籍を選び取った人もいる。また、無国籍のまま、不便で不利益を被りながら、その状態で生き続けている人もいる。その人達の実態は、ほとんど知られることもない。そうだ、私も知らなかったのだ。

横浜中華街で暮らす華僑の一家が、日中国交回復に伴い、台湾籍を認められなくなった結果、無国籍となることを選んだ。その一家の末娘が、この本の著者である。無国籍であっても、中国本土で生まれ育った両親にはその記録が残っていたが、日本で生まれ育った著者は、日本にしか出生記録もない。日本に生まれ育ちながら、中国人であるという意識で育てられ、国籍を持たない著者のアイデンティティはどこにあるのか。

彼女は、一家で台湾に旅行した時、台湾への入国を許可されず、たった一人で「日本へ帰れ」と言われた。ところが、羽田空港の入国審査で、今度は「台湾へ帰れ」と言われる。横浜に自宅がある、という彼女に、審査官は「そんなことは知らない」と言い放つのだ・・・・。

筑波大学で学び、香港中文大学やハーバード大学に留学し、今は国立民族学博物館准教授でもある著者。華々しい経歴だが、その影にはそんな経験もあった。そのことを、叔母の立場である楊逸が、あとがきに、驚きを持って書いている。

裸で生まれてきて、たった一人で死んで行くのが、生物としての人間だ。その人間は、なんと様々なものを身につけ、創りだして生きているのだろう、とつくづく思う。目に見えるものも、見えないものも、得体のしれないものも、御するには手に余るものも。

国家という幻想に、私たちは支えられ、助けられ、あるいは縛られ、制限されて生きている。日頃は気が付きもしない、意識もしないそのことに、気が付かされる本だった。

2012/4/28