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「蝶のゆくえ」 橋本治 集英社
橋本治はこわい。と、最初に思った。
いろいろな立場、いろいろな年齢の女性の心理を描いた短編が六編収められている。その心のありようが、なんともリアルで恐ろしい。だって、橋本治って、橋本治でしょ?これが、女性が・・・例えば、角田光代が書いていたら、なるほど、と思う。すごいなあ、とは思うけど、こわいとは思わなかったかもしれない。逆に言えば、これくらい、わかっている男性がいたら、楽なのになあ・・・と思うところも、多少はある。あるが、それにしても、なぜ、こんなふうに理解できてしまうのだろう、と空恐ろしくなる気持ちのほうが、私には強い。
最初に載っている「ふらんだーすの犬」は、どこかで報道されたような児童虐待の話だ。若くして出来婚をした女性がシングルマザーとなり、わが子を母親に預けるが、新しい伴侶を見つけて、子どもを引き取る。そして、ベランダに放置して、死なせてしまう・・・・。その間の、彼女の心理がリアルに描かれている。
虐待の中でも、無関心が一番怖い、と、どこかで読んだことがある。この短編には、その無関心の有り様が淡々と描かれている。彼女が無関心なのは、子どもに対してだけではない。まず何よりも、自分自身に対して、無関心なのだ。自分が何をしたいのか、どうしたらいいのか、について、興味が無い。自分という存在に対する敬意がないのだ。そして、同じように、敬意というものを持たない男と、子どもをベランダに出す。それからどうなるのか、相手がどう感じるのか、想像するということもない。
そうだ。想像するということがないのだ。興味が無いのだ。その場その場を生きている。その時、嫌だとか、気持ちいいとか感じる、その瞬間の感情だけが全てなのだ。まるで三歳頃の幼児のように。
それに対する批判はない。ただ、淡々と心理が描かれる。読む側は、そこから悲しみやあきらめや、静かな恐怖を感じる。その恐怖は、自分自身へ向かってくる。そして、橋本治は、こわいなあ、と私はしみじみ思うのだ。
2012/4/26