ある華族の昭和史

ある華族の昭和史

2021年7月24日

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「ある華族の昭和史 上流社会の明暗を見た女の記録」酒井美意子 主婦と生活社

新幹線内においてある無料雑誌に沢木耕太郎が連載をしているのだが、そこに前田家のお姫様であった酒井美意子のことが書いてあった。沢木耕太郎はいろいろな人にインタビューをしたことがあるのだが、その中で唯一、乗り気になれず、さっさと切り上げたくなってしまったのが、この酒井美意子さんなんだそうだ。オホホホ、という笑い方がどうにも・・・とうんざりしてしまったらしい。ところが、後日、この「ある華族の昭和史」を読んで驚いたという。素晴らしかったのだ、と。自分の意志で人生を切り開こうという強い女性の文章であった、自分はいったい彼女の何を見ていたのだろう、と恥じたのだという。

というわけで、この本を図書館で手に入れた。著者は加賀百万石の家柄を継ぐ公爵、陸軍大将前田利為の長女で、幼い頃をロンドンで過ごし、公園でエリザベス女王とすれ違う仲だったという。後に元伯爵家ん酒井忠元氏と結婚、クラブや着物着付け教室を経営し、マナー、エチケット、皇室評論家などとしても活躍した。

なるほど、読み応えのある本である。知性と教養に裏打ちされ、歴史をその目で見てきた者ならではの迫力にあふれている。と同時に、ものすごく強い意志の力、絶対に人のお見どおりにはならない気力に満ち溢れている。そして、許さないものは許さない、嫌いなものは嫌いだと態度で表明する。オホホホ・・の裏には、力強い人間の力が満ち溢れていたのである。

私はこれを読んで、北村薫の「花村英子、ベッキー」シリーズを思い出した。「街の灯」や「鷺と雪」などの華族のお嬢様と女性運転手の物語。あれを書くにあたって、北村薫はこの本を参考にしたのではないか。当時の知性ある華族の家庭の空気感は、まさに同じであった。

人は、置かれた環境の中で生きるしかない。鼻持ちならない特権階級意識が見受けられるのは時に鼻につくし、こんな人と仲良しにはなれないわ、ともつくづく思うが、この意志の力、行動力の素晴らしさには感嘆するしかない。どんな場所にも、どんな世界にも、強い意志を持って生きる人はいるものだ。

2018/10/1