姉・米原万里

2021年7月24日

144

「姉・米原万里 思い出は食欲と共に」井上ユリ 文藝春秋

 

年末に図書館に行ったときのことだ。いつもならカウンターで予約の本を受け取っただけで帰るのだが、その日は書架に人気がなかったこともあって、久しぶりに背表紙が並んでいるのを眺めてみようという気になった。様々なジャンルのコーナーをぷらぷらと歩き回り、おや、こんな本もあるのだ、次に読むならこれにしようかな、と手にとってパラパラとやったのがこれ「姉・米原万里」であった。米原万里は大好きで、大体の著書は読み尽くしていたからね。
 
帰宅してしばらくしたら、月に一回くらい連絡を取り合う友人からメールが来て「『姉・米原万里』は面白かった」ということが書かれていた。随分前に出版された本だというのに、なんという奇遇!と驚いてしまった。というわけで、早速、この本を読むことにした。
 
米原万里は十数年前に亡くなったロシア語通訳でもあるエッセイスト。勇敢で元気できっぷが良くてかっこいい人だった。この本の作者、井上ユリは料理研究家にして万里の妹、そして井上ひさしの妻でもあった人だ。この二人は非常に仲の良い姉妹であった。それが、文中からもにじみ出ている。子供時代をチェコで過ごしたという特異な過去によるのかもしれないが、互いに深い愛情をもっていたことが伝わってくる。
 
この二人は非常に食いしん坊であった。そして、幼い頃の環境により、チェコスロバキアやロシアの伝統料理に好物が多く、かつては日本でなかなか手に入らない料理、食材を二人で探し回ったことも描かれている。登場する食べ物は、食べたことがないものも多く、でありながら、とても美味しそうで、一度食べてみたいと思えてならない。クネードリキ、シュパルスキー・プターチェク、ハルヴァ。とりわけナッツと油脂と砂糖でできているという正体不明のお菓子、ハルヴァは、ひとかけらでいいから食べてみたいと思う。
 
万里が亡くなって時間が経ってから書かれたからだろうか、感傷的な部分はほとんどなく、ただただ明るく、姉・米原万里の、元気で力強いパワーだけが伝わってくる良い本であった。彼女が長生きしていたら、もっとたくさんの楽しい文章が読めただろうなあ、と改めて思う。

2021/1/8