きみは赤ちゃん

きみは赤ちゃん

2021年7月24日

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「きみは赤ちゃん」川上未映子 文藝春秋

 

赤ん坊を産んで育てたのなんてつい最近のことだと思っていたのに、奴らはとっくに大きくなってしまっていて、上なんて24歳だぜ、24歳。うちの夫が結婚した歳だ、私と。下だって、つい一昨日くらいにはまだ「おかあさん大好き」なんてべったりくっついてきていたはずだったのに、クソ生意気な女子高校生にいつの間にかなっている。
 
そんな私にとってこの本は、本当はついこの間の事だったのに、ものすごく懐かしいあの日々を思い出させてくれるものだった。
 
私が出産した頃は「良いおっぱい悪いおっぱい」がこの本みたいな存在だったのかもしれない。出産育児にまつわる恐ろしいまでの本音がリアルに描かれていて、すご~く大変だけど、すご~く幸せな日々がぐいぐいつたわってくる。
 
高いお金を出して無痛分娩を選択したのに、子宮口が硬くて開かなくて結局帝王切開になって、傷口の痛みに耐えなくちゃならなかった川上未映子さんはお気の毒だ。
 
無痛分娩を推奨する院長は、説明会で、ニコニコ笑いながら、切り傷の痛みはこれくらい、と縦に伸びた線の下のあたりを指す。火傷はこのくらい、とその少し上。次は骨折で、このあたり。で、他にもいろんな痛みがあるけど、人間が感じる痛みの中で最も痛いとされているのが、指の切断。で、出産がどのあたりかというと・・(妊婦たち、ごくりと喉を鳴らす)「ここっ!」と指の切断のはるかはるか上のところを半ばジャンプするように猛アタックしたという。
 
うーむ。でも、私、出産の痛みって全然覚えていない。忘れるから次が産めるって言うけどたしかにそうだなあ。いや、痛いってのはなかったような。あれは、痛いんじゃなくて、ただただ苦しい。痛みと認識できないような苦しさ。まあ、二度と味わうことはないけどさ。
 
産後、自分が巨大なおっぱいと化したような時期も懐かしい。ただただ、ひたすら二時間おきにおっぱいをあげるだけの日々。他のことはすべておまけで、おっぱいだけを中心に日常が回る。ああ、そんなことも懐かしいなあ。って、中年のおばさんの同窓会的な本じゃないんだけどね、これ。そう読んじゃう私がおばさんなだけで。
 
産後クライシスの絶望的な孤独感について、詳しく、リアルに丁寧に描かれていて、ああ、それも私は思い出してしまった。全て、本当に今となっては全て、いい思い出でしかないのだけれど、あの時はどんなに夫が助けてくれても、思いやってくれても、なんで私だけが、なんでこんなに、と思ったり、なんでこの人寝てられるんだ、なんでこの人、気が付かないんだ、と怒りを感じたりしていたのだったっけ。でもしょうがないんだよなあ、それもこれも。子どもを産むのは女性にしかできないのだし、おっぱいも女性にしかついていないのだし、そうして、体中が頭も含めて赤ん坊に全て支配されてしまう一時期があるのも、きっと女性のほうがずっとずっと強いのだろうし。
 
孫が生まれたら、また違うんだろうなあ、と思う。そんな幸福が私に待っているかどうかはまったくもって不明だが、孫の出産育児にゆめゆめ口出ししてはならんぞ、と改めて思う。産後クライシスは祖母の口出しにどんなに破壊力を感じるか、想像しただけでおっそろしいものね。

2015/5/1