デフ・ヴォイス

デフ・ヴォイス

115 丸山正樹 文春文庫

副題は「法廷の手話通訳士」である。手話通訳士などという仕事を私は知らなかった。ましてや、法廷で彼らがどんな仕事をしているかなんて想像もしたことがなかった。そうか、そうだよなあ、確かにそういう役割が必要なのに。なんでそんなことも知らなかったのだろう。

主人公は聴覚にハンディを持つ「ろう者」同士の間に生まれた耳の聞こえる子供、「コーダ」の中年男である。ハローワークで仕事探しに挫折しかかっていた時に、手話通訳士という資格を知り、資格試験に苦も無く合格する。最初はあまり乗り気でなかった仕事だが、役割を果たしながら、徐々に思いは変わって行く。

ろう者が社会でどんな思いをしているか、どんなに不自由で、それが理解されず、そして、様々な場面で不利を強いられているか。それを初めて知った。衝撃であった。

結婚した夫の父も、私の父も、老後に失明した。だから、目が見えないということがどんな風にハンデとなり、それがどれだけ理解されないのかはある程度知っていた。だが、耳が聞こえないということに想像は及んでいなかった。はた目からはわかりにくいからこそ、より一層の苦労があり、誤解がある。また、そういう両親の間の子どもが生まれながらに背負うものについても、まったく知らなかったことに気が付いた。

この物語は、また、児童性虐待の話でもある。昨今、世間で騒がれているジャニーズの事件にもつながるものがある。声を上げられない弱者は、いつまでもどこまでも虐げられて、それを誰にも察知も理解もされない。だから、私たちは弱者にもっと敏感であらねばならない。私自身もまた、老人という弱者の仲間に入りつつある存在であり、女性という弱者の一員でもある。そのことの上に私は立って生きている。それを、忘れてはならないと思う。

旅の最後の飛行機で「ケイコ目を澄ませて」という映画を見た。耳の聞こえないプロボクサーの話であった。「デフ・ヴォイス」を読んだ後、これに出会えてよかった、と思える映画であった。

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サワキ

読書と旅とお笑いが好き。読んだ本の感想や紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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