バルト海のほとりの人びと

2021年7月24日

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「バルト海のほとりの人びと 心の交流をもとめて」小野寺百合子 新評論

 

作者は、ムーミンシリーズを翻訳された小野寺百合子さんだ。今年の夏だったろうか、NHKで「百合子さんの絵本」というドラマをやっていた。そこに登場していたのがエルサ・ベスコフの絵本だ。百合子さんは陸軍武官小野寺信の妻で、戦時中はストックホルムにいて、夫婦で和平工作に従事していた。
 
この本は百合子さんが九十歳を過ぎてからまとめられたものだ。今までにあちこちに書いたものを集めて作られたので、本としてはやや散漫なものになっているが、エレン・ケイとエルサ・ベスコフ、アストリッド・リンドグレーンの関係性、そしてそれを見抜いていたトーベ・ヤンソンについての記述はとても貴重なものである。
 
北欧の児童文学は、なぜ、こんなにも子供のすべてを受け入れるのだろう、と以前に私は書いたが、その源泉にはどうやらエレン・ケイがいるらしい。リンドグレーンが未婚の母となったとき、悩みに悩んでエレン・ケイを訪ねたという話を何処かで読んだが、この本によるとリンドグレーンがエレン・ケイを訪ねたのは17歳のときだったそうだ。この事実を、百合子さんは本人に直接尋ね、手紙で回答を受けたという。
 
エルサ・ベスコフはエレン・ケイが学校の受け持ちの教師で、大きな影響を受けたという。が、エレン・ケイの影響は、結婚生活にむしろ影を落としたとのだそうだ。なぜなら、エレン・ケイは宗教教育と社会のあり方に反感を持つ人だったが、エルサ・ベスコフの結婚相手は代々牧師の家庭であったからだ。彼女は激しい葛藤に苛まれながら結婚生活を送ったが、彼女が最も苦しんだであろう時期に描かれた絵本には、喜びだけが溢れている。
 
トーベ・ヤンソンは、「リンドグレーンの全文学を通じて貫いているものは、エレン・ケイの信じたる母心であって、それは彼女の「恋愛と結婚」や「児童の世紀」の底流をなしているものである。」と見抜いていたという。
 
これらの記述は実に興味深く、かくなる上はエレン・ケイを読むほかはない。が、読書会は目前に迫っていて、間に合いそうにないんだよなあ。やれやれ。

2016/11/17