死はこわくない

2021年7月24日

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「死はこわくない」立花隆 文藝春秋

 

少し前、Eテレの「SWITCHインタビュー達人達」で新海誠と川上未映子の対談を見た。その中で、川上未映子が少し興奮した口調で、「みんな死ぬんだよ、ここにいる人達も、みんな絶対に死ぬんだよ。それって凄いことなんだよ」というようなことを言った。彼女は子ども時代に、そんなことを考えてばかりいる少女だったという。
 
その話を聞いて、鮮やかに思い出したことがある。小6で、私は札幌に転校した。誰一人知る人がいない体育館で朝礼を受けた。数え切れないほどの子どもたちがぞろぞろと隊列を組み、体育館に入ってくるのを見ながら、私は突然「みんな死んじゃうんだな」と思ったのだ。ここにものすごい人数の子どもたちがいるけれど、ここにいる人達、全員死んじゃう時がかならず来る。最初に死ぬ人見れば、最後に死ぬ人もいる。死には早い遅いがあるから、私が最初かもしれないし、最後かもしれない。だけど、いずれにせよ、全員この世からいなくなる日は、来る。天国なんてきっとなくて、本当に、影も形もなくなるんだ、みんな。
 
川上未映子もそうだし、私もそうだったけれど、子どもたちって、多かれ少なかれ、そういうことを考えているのだ。子どもを侮っちゃいけないよ。人生の真実を、彼らは結構早い時点で見据えているものだ。
 
立花隆はこの本で自分が死を初めて意識したのは中学生の時だったと言っている。隣家のおばあさんの臨終に立ち会ったのだそうだ。そこで死への恐怖というものに出会ったことから、彼は哲学に傾倒していったと自己分析している。
 
立花隆は臨死体験についてかなり詳しく調べていて、死ぬときの心の有り様について科学的に明らかにしている。臨死体験についてきちんと知ると、死ぬことがそれほど怖くなくなる、と彼はいう。もちろん、彼自身が死を意識せねばならないガンや心臓の欠陥を背負っていること、現実に75歳という年令に達したこともある。だが、まだ彼よりはよほど若い私も、この本を読むことで、死というものにそれほど深い恐怖を抱かなくても良いのではないかと思えてくる。
 
彼が看護学生に語った「生と死」についての講義内容が収録されているのだが、これは見事な授業である。看護師を志す人は、ぜひこのような授業を受けていただきたいし、彼の勧めた本を読んでほしいと思う。知識は人を育て、成長させ、豊かにする。それをきちんと実践する内容である。
 
おそらく近いうちに死という問題に直面せねばならないであろう身内を身近に持って、私は彼の残された日々が幸せであることを手伝いたいと願っている。上手に年を取ることはとても難しく、穏やかに死を向かえることもまた、大いなる困難である。にしても、きっと死はこわくない。と考えることで、私は、できることを精一杯やろうと思える勇気をもらえる。
 
立花隆は内村鑑三の流れをくむクリスチャンの両親を持ち、いわゆる日本的な宗教に馴染みがない子ども時代を送り、しかし結局自分はクリスチャンにはならなかった。この経歴は、私にはとてもわかり易いものがある。彼の思考の流れが極めて自然に胸に収まるのは、そのせいもあるのだろうか、とふと思う私である。

2016/11/9