マンガのあなた SFのわたし

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112 萩尾望都 河出書房新社

しばらく更新しない、という舌の根も乾かぬうちに更新。お恥ずかしい。これでしばらくお休みしますが。

「萩尾望都がいる」へのコメントでミカンさんに教えていただいた本。興味深いものでした。とりわけ「一度きりの大泉の話」の後に読むと。

1970年代の萩尾望都の対談集。相手は手塚治虫、水野英子、石ノ森章太郎、美内すずえ、寺山修司、小松左京、松本零士、そして羽海野チカ。

対談相手のほとんどが竹宮恵子のことを聞いてくる。この時期は、もう絶縁した後だろうからお辛かっただろうに。「よくわかりません」「どうなんでしょう」みたいな受け答えが多い。それから、目を悪くしたことも何度も登場する。「バルバラ異界」では人物のバランスが取れなくなってきているのに気づいてアシスタントにおかしかったら教えてくれとまでたのんでいると告白している。よほど症状があったのだろう。

手塚治虫との対談では、空間の広がりということについて話している。風景を一面に描くようなことが少女漫画ではやりにくいが、それに惹かれる、と萩尾は言う。が、手塚は、それは手抜きである、ただページを稼いでいるだけだ、と言い切る。でも、萩尾のマンガは背景が独特で美しい。きっと思い切りやりたかったのだろう。締め切りにいつも追われている手塚は、風景でコマ数を稼ぐことにむしろ後ろめたさがあったのかもしれない。それはそれで興味深いやり取りだ。

1970年ってもう大昔なんだなあと思う。松本零士は同業者であるはずの妻が食事の支度をすることを「やっぱり作りますよ。夜中なんか、女は損だとか何とか言ってますが。」「作らざるを得なくなるみたいです。」なんて平然と言っている。寺山修司は「キスをするときは目はつむりますか」「100匹のカタツムリを湯上りの身体に這い回らせる、なんてことを考えない?」などと今ならセクハラになりそうなことを聞いているし。

萩尾望都大ファンの羽海野チカとの対談は感動ものである。羽海野は、自分の作品がいかに萩尾望都に影響されているかを具体的に語る。自作の登場人物は、萩尾作品の誰の投影である、ということまでを。

萩尾 マンガを描くとき、アイデアは降ってきてくれるけど、でも降ってくるまでがまたすごく大変で、しかもそれをきちっと読めるように構成するのも大変で、もちろんみんなやっている苦労なんだけど、決してちゃらちゃらしながら描いているわけじゃない。でも、言うほうはちゃらちゃらしながら言ったりするじゃないですか。毒を持ってくる。批判したいなら真剣に、と思う。
羽海野 真剣に。そうですね。でも、気にして描けなくなったらダメなんだ。描けなくなるのがいちばんの負けだなって思うようになりました。
ー毒を浴びせられてしまった後、また浮上するためにはどうするんですか?
羽海野 落ち込む間もなく、次の締め切りがやってきてー。
一堂(笑)。
萩尾 そこは切実なんですよね。漫画家さんみんなそうだと思うんですけど。
ーいや、誰でもじゃないですよ。お二人の仕事に対する責任感が強いんです。
羽海野 そうかな、でも、やっぱり最後まで読んでほしいので描き続けないと。だから自分より長く頑張っている人、萩尾先生たちを見て、私ももっと頑張らなきゃいけないなと思うんです。
萩尾 はい、頑張りましょう。
          (引用は「マンガのあなた SFのわたし」より)

上記のやり取りは、竹宮恵子との絶縁のエピソードを知った後で読むと、胸に迫るものがある。萩尾は批判に苦しみながらも、自分はちゃらちゃらしていたわけではないし、頑張ろうと考えていたのだな。

ほかにも小松左京との対談なども、とても面白かった。漫画好き、萩尾望都好き、羽海野チカ好きの人にはお勧めです。ミカンさん、教えてくださてありがとう。では、また7月中旬にお会いしましょう。

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サワキ

読書と旅とお笑いが好き。読んだ本の感想や紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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