四次元温泉日記

四次元温泉日記

2021年7月24日

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「四次元温泉日記」 宮田珠己 筑摩書房

私の好きなタマキングこと宮田珠己氏の新作。世界中を歩いて脱力する風景を楽しんでいたタマキングも、最近は国内の温泉なんかを廻っているらしい。枯れたなあ。

そもそも、「めんどくさいは人間の四大欲望の一つである」と公言してはばからなかったタマキングである。お風呂は嫌いだったはずだ。何が嫌いって、めんどくさいからなのだ。

迷路好きの彼は、温泉をめぐりたいと言うよりは、古くからの温泉宿が、増築や改築を重ねるうちに、あちこちに廊下が張り巡らされて、なんだか迷路みたいになってしまったような異空間的な温泉宿を楽しみたくて、この企画を立てたという。

最初の旅では、お風呂が数種類あると聞いて、なるほど、どのお風呂に入るかを選ぶ楽しみがあるのか、と納得する。そうではない、全部に入るんだよ、と、連れの篠さんに言われて、愕然とするのだ。

 ええっ、全部!
ということは三回も服脱いだり着たりするのだ。合計六度手間である。
頭を抱えていると、篠さんは「一泊で七回ぐらいは入るもんです」と事もなげにものすごいことを言い、私をますます動揺させた。
一泊で七回!
信じられん。
つまり一四回も脱いだり着たりするということではないか。
何がうれしくてそんなに労働するか。
それならもう私は服のまま入りたい。いっその事、服じゃなくて風呂を着てはどうか。温泉ではなるべく何もしないつもりで来たのに、予想外の事態だ。

そんな彼が、回を重ねるごとに、だんだん温泉に馴染んでいくのがおかしい。最後のほうでは、自らすすんで、あらゆるお湯に身を投じるようになっている。

読んでいて、私もひなびた温泉に行きたくなってきた。確かに、増築を重ねて、うねうねと曲がりくねった廊下をどこまでも歩いて行くような古い不思議な温泉って、あるもんなあ。

タマキングの泊まった別府鉄輪温泉の宿は、階段が多く、廊下が錯綜して、中二階や三階のような空間があったり、斜めを向いた部屋があったりして、豪快な迷路旅館だったという。彼の泊まった部屋は、なんと畳が変な形に切ってある台形の部屋で、トイレが三角形だったというのだ。

さすがの私も何がどうなっているのかわからなくなり、館内図はありますかと宿の人に尋ねたが、ないとの答え。建て増し建て増しで、七◯年かかってこんなふうになってしまったと宿の人は笑っていた。

途中、お母さんを誘って湯河原の温泉に行っているのに、めんどくさい、といってお母さんがお湯に入らないのがおかしかった。親子って、似るのね。

タマキングの本は、いつだって、力が抜けていて、面白い。こんなふうに、だらだらと脱力して生きるのも、なかなかいいもんだ、といつも思う。

もっと売れてもいいのになあ、彼。

(引用はすべて「四次元温泉日記」宮田珠己 より)

2012/1/21