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「京都洋館ウォッチング」井上章一 とんぼの本
図書館に返す本、ない?と聞いたら、夫からこれを渡された。割とお勧めだけど、興味ないだろうから、返しておいて、と。いやいや、それなら読んでみようじゃないか。と、読んでみたら、これが面白いの。
建築史家である著者が、京都の近現代建築を案内した本。建築オタクの夫がはまるわけだ。前に京都散歩で見て歩いた場所がいくつも紹介されている。
なんだかわかんないけど、古くて面白い建物だね、と言い合っていたのが、蹴上の変電所だったこととか、南禅寺の水路閣が、実は明治政府への南禅寺側の歩み寄りの結果であるとか、いろいろないわれが書かれていて、なるほど、と、また、見方が変わるのも楽しい。あの時、すっかり感心してしまった山県有朋の別邸、無鄰菴も、もちろん、載っている。
そういう知識的な楽しみもさることながら、この著者のものの見方というか、文章のあり方がまた、独特で面白い。たとえば、「安藤忠雄の雄たけびを聞く」という章を見てみよう。
さて、安藤忠雄のTIME`Sビルである。どちらも、高瀬川という運河に面している。川沿いに、プラットフォームを、はりだしている。にもかかわらず、手すりはほどこされていない。ヴェネチアやアムステルダムのような空間が、そこにはできている。
画期的な仕事である。よく、役所の確認申請を無事にとおったなと、建築の心得が少しある私は、そう思う。(中略)
おわかりだろう。やはり、安藤は役所の要求をはねつけていたのである。訴訟をきらい、安全を性をなにより重んじる。そんなお役所仕事には、ながされない。彼らをしりぞけ、都市と建築の美しさをおしとおす。その力強さを、TIME`Sビルでは見せ付けたのである。
どんなもんや。すごいやろ。俺は役所とたたかいぬいて、勝ったんや。私はこの横をとおるたびに、そんな安藤の雄たけびを耳にする。だから、あそこのプラットフォームには、あまりたたずまない。安藤の声が、もちろん幻聴だが、うるさいからである。
こんな風に書くから、この人は、安藤忠雄が嫌いなのかな、と思いきや、最近の安藤の仕事が昔からの傾斜屋根を受け入れているのを見て、
条例の規制にしたがったのか、施主のもとめにおうじたのか。内実はわからぬが、昔の雄たけびを知る私には、ややさみしい。
なんて書いている。
かつて反対運動が起こり、評判の悪かった京都タワーについて、これが取り壊されることになったら、案外保存運動が起きるかも、と楽しそうに書いてもいる。
かつては目の敵にされた建築が、時の流れをへて、まもるべき文化遺産になりおおせる。あるいは、一九六〇年代の景観破壊を記念する造形として、保存が決められる。そんな予想図を想いうかべ、私はけっこう悦に入っている。
こういう本を読むと、また、町歩きが一段と楽しくなる。京都だけじゃない。どんな小さな町の建物でも、意外な歴史が潜んでいる。と、思うだけで、いろいろな想像や発見が広がるのだ。
(引用はすべて「京都洋館ウォッチング」井上章一 より)
2012/1/30