存在を抱く

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23 村田喜代子 木下晋 藤原書店

村田喜代子さん、しばらく新作が出ていないと思っていたのに、先日、図書館リストを検索したら次々に三冊がヒットした。「村田喜代子の本よみ講座」に続く一冊がこれである。対談本なのだが、相手は木下晋さんと言う鉛筆画の名手。ハンセン氏病の患者さんや全盲の瞽女、パーキンソン病を患う妻などを描く人である。鬼気迫る美しい絵。

村田さんがしばらく新作を出されていなかったのは、ご主人がお亡くなりになったからだったのだ、とこの本で知った。芥川賞受賞が決まったとき、それを受けるなら離婚だとケンカになった夫。妻の著作を一冊も読まなかった夫。それでも、妻の執筆の取材のために親戚が死んだと偽って会社を休み、車を走らせてくれた人でもあった。作品にもしばしば登場するその人を、村田さんは次の人生もこの人でいい、と言う。

対談相手の木下さんもパーキンソン病を病む妻を介護しながらの画業である。二人とも命と向き合いながら仕事に向き合ってきた。興味深いのは、二人ともいわゆる学歴はない。だというのに、どちらも大学で長年教えた経歴を持っている。そして、それぞれの分野では大いなる功績をあげている。学歴なんてそんなもんだとつくづく思う。

前からうすうすとは知っていたが、村田さんの生い立ちや、作家となったいきさつがここで語られており、それがとても面白い。村田さんの母親は結婚したが、夫が妾を作ったので祖母が怒って別れさせた。帰ってきたとき、母は妊娠していた。そして生まれたのが村田喜代子である。祖母は、当時すでに総白髪であったが、市役所へ行って「私が産みました」と届けを出す。「ほう、そうですか。いつ?」「さっきです。」というわけで、じじばばが彼女の戸籍上の親となった。実母はすぐに再婚した。が、また別れて帰ってきた。その時、また妊娠していた。そこで祖母がまた市役所に行って「私がさっき産みました」と届け出た。係はじっと考え、さすがに上司と話し合い「ばあちゃん、それは無理ですよ。」と言ったという。母親は再再婚し、その人とは一生連れ添った。

彼女が作家になったいきさつもとても面白いのだが、ここにそれを書くととても長くなるし、読んだほうが面白いので割愛。ただ、彼女は、様々な権威や名誉とは無縁で、ただただ自分が書きたくて書いていたし、今もそうであることがよくわかる。芥川賞受賞式には娘の服を借りて出席した。夫は「そんな賞、もらわんでいい、断れ、金が欲しいんならおれが稼いでやる。」と言ったという。彼女と、彼女を取り巻く周辺の人々の価値観は独創的で自立的で特別だ。そういうところから、村田喜代子の小説が沸き上がってくるのかと改めて感心する。

これから村田さんは夫の小説を書くという。楽しみだ。木下晋さんの絵も、もっと見てみたい。良い本であった。