小さいおうち

小さいおうち

2021年7月24日

「小さいおうち」 中島京子 文藝春秋

直木賞受賞作なんですね。
リクエストを出して、ずいぶん待ちましたが、待ってよかったわ。とても良い本でした。

タキさんという戦前の女中さんのおはなしです。
女中さんというと、何だかかわいそうに働かされている人みたいですが、そんなことはない。
タキさんは、誇り高い、明るい、能力溢れる賢い女中さんです。
奥様の時子さんを支えて、ともに生きています。

昭和初期という時代を、私たちは歴史としてしか知りません。
親たちからも話しは聞きますが、なにやら教訓がくっついてきたり、自分がいかに頑張ったかという話が中心になってしまって、鼻持ちならなかったり。
その点、タキさんの話は、生き生きとして臨場感に溢れ、その時代の空気をそのまま感じさせてくれます。
本当に、余りにいきいきしているので、作者はさぞかしお年なのかと思ったら、全然そんなことはないので、びっくりしました。

戦争も不況も、その時代を生きる人、只中にある人にとっては、単なる日常の出来事の一つでしかありません。
生活は、普通に、淡々と過ぎていき、歴史的な事件よりも、日々の暮らしの中の些細な出来事の方が、よほど心を揺るがす大きなものだったりするのです。
そのリアリティが素晴らしく、また、タキさんの明るく誠実な心根が気持ちよく、どんどんと引き込まれていきました。

人は時として、自分に嘘もつくし、忘れようともする。
であるからこそ、この物語の最終章が感動的なのかもしれません。
それは、小さなドラマかもしれないけれど、人が生きるという事は、そういうささやかなドラマの積み重ねでもあります。
社会が、歴史が、政治が、と息巻く前に、まずはしっかりと日々を生きようね、と私は思います。
そこから、全ては始まるのですから。

余談ですが、「本の雑誌」の中で、吉田伸子さんが、この物語の中に出てくる炊き込みご飯や、シチューを実際に作ってらっしゃいました。おいしそうでした。

2010/9/29