旅行鞄にはなびら

旅行鞄にはなびら

2021年7月24日

126
「旅行鞄にはなびら」伊集院静 文春文庫

伊集院静という人が、あんまり好きではない。博打を打って、女性を翻弄する人、というイメージが強すぎるのだ。夏目雅子が彼と出会って、本当に幸せになったのかどうか分からない、と勝手に思っている。そりゃほんとに勝手だけどさ。マッチョな男のわがままを内側に秘めている感じが好きじゃないのだ。

なんて言ってるけど、それでも読んじゃうんだ。嫌になるほど胸にしみる静かな文体を持っているから。どんな人にも、心のなかにきらめくものがある、と逆に気が付かされてしまう。なんにも知らないくせにね、この人のこと。まあ、おばちゃんの妄想と思って許して。

この本は、世界各地の美術館で絵を見て回った旅の話だ。ところどころに美しい挿絵があって、それもまた楽しい。

私は絵心がなく、絵を見て何ものかを感じることもあまりできない。本物と偽物の区別もできない。それでも、絵を見るのは好きだ。どんなふうに見てもいいし、そこから何を感じてもいいのだと思い至ってからは、好きになった。

伊集院氏はスケッチなどをものする人であるから絵心も多分にある。絵から彼が何を感じ取り何を得たかが静かに伝わってくる本だ。ゴッホの絵を見て、ゴッホ精神の豊かさを感じ取り、また、それを感じられるのは、見る側にも画家と同じ豊かなものがあるからだ、という彼の言葉に、私は素直に頷く。

2011/9/30