父の生きる

2021年7月24日

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「父の生きる」伊藤比呂美 光文社

 

カルフォルニア在住の詩人、伊藤比呂美は、母を失ってから三年間、熊本在住の父親を遠距離介護し続けてきた。もともと熊本が地元でもない父親は、伊藤比呂美がいなければ、友達もいないし、仕事もない。孤独と退屈の中で、彼は過ごしていた。
 
伊藤比呂美はそんな父のために、毎日、何度も電話をかけ、二ヶ月ほどカルフォルニアで過ごしては半月熊本で過ごすという生活を続けた。介護に関する感覚の違うアメリカ人の夫とティーンエイジャーの娘は伊藤の不在に疲労し、父は娘を待ち続けるのに疲労し、伊藤本人は行ったり来たりの忙しさに疲労し続けた。たいへんなことだったと思う。
 
他人ごとではない、と読みながらずっと考えていた。転勤族である私は、両親の近くに住み続けられない。カルフォルニア程ではないけれど、遠くから、なんとか彼らを援助しなければならない。今はまだ二人揃っているからいいけれど、片方欠けたその瞬間から、伊藤比呂美の苦労は、私の問題となるだろう。
 
親を見送るとはたいへんなことだ。でも、誰にでもそれはやってくる。父の孤独。娘の疲労。家族にしか分かり合えない感情。いろいろなものが、飾らず、まとめられもせずに言葉にされている。それが、胸にしみる。
 
 

2014/2/19