無敗の男

2021年7月24日

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「無敗の男 中村喜四郎全告白」常井健一 文藝春秋

 

中村喜四郎。田中角栄の弟子で、宇野内閣で初入閣、宮沢内閣で建設大臣。ゼネコン収賄で逮捕された後も選挙で当選し続け、実刑が確定し服役、出所後も当選を重ねる、文字通り無敗の男。検察の取り調べに対して、名前すらも答えないという完全黙秘を貫き、自分のことを語らないので有名なこの人物に長期ンタビューをして本書は書かれたという。
 
中村喜四郎には、個人的に少々因縁がある。彼の地元は私の父の故郷であり、親戚縁者が喜四郎の傘下で町議員を務めたりもした。それとは全く別に、私自身が喜四郎の息のかかった不動産会社に、たまたま就職しかけたことがある。諸事情あって辞退することになったが、研修を受ける過程で社内の空気感がわかったものである。人情でがんじがらめ。そんな感じであった。
 
資産家、政治家などの血筋やバックアップもなければ東大卒と言った学歴もあるわけでない、さびれた地方の男が選挙に常に勝ち、逮捕され服役してもなお、勝ち続ける。逮捕後は自民党を出て、時に公明党や共産などとさえ手を組みながら、常に現役で、七十を超えた今も勝ち続けている。なぜ?というのが本書の要である。
 
如何にして選挙を闘ってきたのか、は、よく分かる。本人に聞いた上での本書なので、問題になりそうな手口などは一切描かれていない。とにかく、日々、足を使って地元を周り、バイクで走り回り、常に選挙民の心を把握する。家族一丸となって、選挙に勝つことに邁進し続ける。強力な後援会を、上下関係なしに、個人個人を大切にする形で作り上げる。なるほど、それをし続けるエネルギー、バイタリティは素晴らしい。
 
選挙に勝つ話は、とてもわかる。が、では、中村喜四郎が、どんな国を理想としているのか、どんな政治のあり方を良しとしているのか、どんな理想を目指しているのか。それは全然わからない。政治家として、何を成し遂げたのか、もわからない。地元にインターチェンジを誘致したくらいしか。本人が自分の功績をいいたがらないからだ、という書かれ方をしているけれど、社会の有り様としての理想のようなものは、よくわからないままだ。たぶん、これが、政治家の姿そのものなのだろう、と思う。
 
ただ、この人が、安倍政府のやり方には疑問を持っている、ということだけはわかる。一部の人の関心を呼ぶことで、他の人が政治を諦め、投票をしないようになることを狙うようなやり方である、と批判をしている。もう、それだけでも、まだマシだよねー、と思うばかりである。
 
この人でもいいから。安倍政権を、倒す原動力になってくれれば。と思ってしまう自分がいるのだなあ。このままじゃ、日本はどんどんだめになる。

2020/7/18