一人称単数

2021年7月24日

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「一人称単数」村上春樹 文藝春秋

 

エッセイだと思って読むと大変。これは、小説なのよね。私は村上春樹のエッセイが大好きなので、つい、エッセイのつもりで読んで、途中でおかしな場所に迷い込んだみたいな気分になった。
 
しかしいずれにせよ、ぼくが十八歳だったのは遥か昔のことだ。ほとんど古代史みたいなものだ。(「一人称単数」村上春樹 より引用)
 
という表現に、結構、打たれる。ついこの間十八歳だったのにな、と私は思うんだが、どう考えても、もう、古代史の領域だから。
 
醜い女性の話を書いたのは、なぜだろう。醜い、ってどういうことだろう。と、読後、何度も考えてしまう。本当に醜い人って実は本当に少なくて、どんな人でも、笑うととても素敵だったりするし、どこかできれいなもの、美しいものがこぼれ落ちるものだ。まあ、そういう事を春樹さんもどこかで言いたかったのかもしれないが。
 
この人の文章はやっぱりいいなあ。ついすうっと引き込まれてしまう。すごいね。
 
 
久しぶりに電車の中でこの本を読んだ。一本逃すと次は二時間後、というローカル線で、駅でSuicaも使えない。そんな街で、名物の鮎とそばを食べ、遠い昔に廃城になった城跡の山を登った。鬱蒼とした木立の間に、「本丸」「古本丸」などという貼り紙だけがあって、どんなに大きな城も跡形もなく消えてしまうものなのだな、としみじみ思った、蚊に刺されながら。久しぶりにお出かけした感があったけれど、みちみち、出会ったのはたった一人の中年のおじさんだけだった。短い、いい旅だった。

2020/9/23