蝶々にエノケン

蝶々にエノケン

2021年7月24日

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「蝶々にエノケン私が出会った巨星たち」中山千夏 講談社

そういえば、中山千夏は子役あがりだった。芦田愛菜ちゃん顔負けのすごい子役だったのだ。私が物心ついたとき、彼女はもう大人だったから、私は普通のタレント(途中からは政治家とか物書きとかだけど)としての彼女しか知らない。だけど、実は彼女は、ものすごい大物たちと同じ舞台に立ち続けた子役だったのだなあ。

この本に登場する人物を全部ここに上げるのは無理な程なんだが、たとえば、

長谷川一夫、花菱アチャコ、美空ひばり、古賀政男、川上昇、水谷八重子、茶川一郎、横山エンタツ、ミヤコ蝶々、フランク永井、三木のり平、榎本健一、古今亭志ん朝、三遊亭圓生、森繁久彌、益田喜頓、越路吹雪、乙羽信子、八千草薫、高峰秀子・・・・。

ああ、これを読んで、すごい人たちだ、と分かる人がどれだけいるかなあ。ものすごいメンバーなのだけれど。

とまあ、そういったお歴々と、子役時代の彼女は共演しているわけだ。何しろ、相手は子役である。みんな、気も許す。大人相手には見せない顔も見せる、わからないだろうと思ってポロリとこぼす言葉もある。ところが相手は中山千夏だ。観察眼は鋭いことこのうえない。かくて、今はなきお歴々の思いがけない姿が、この本には描き出されている。

面白かった。私には、すごく面白かった。というのも、私は昭和の芸能に目がないのだ。なぜかなあ。俳優、女優の評伝とかも大好物だったりする。

高峰秀子の話。松山善三のお宅に、役者仲間でお呼ばれした時に、極めていい雰囲気で食事が進み、和やかな空気だったとき、松山善三が、「そろそろあの人の悪口でも言おうか」と促したそうだ。その時、皆が苛ついていた演出補について、それから堰を切ったように悪口が溢れでたそうなのだが。中山千夏は、それがとても嫌だったそうだ。松山善三氏は、そうやって、そこでみんなのガス抜きをすることで、明日からの舞台が良くなるように配慮したのだろうけれど、そういう作為に誰もが安々と乗ってしまうのが、情けない気がしたのだそうだ。

松山善三夫人でもある高峰秀子は、「いっぴきの虫」で、食事をしながら悪口を言うのは我々夫婦の娯楽である、と書いていた。自分たちの仕事の悪口は絶対に言い合わない。でも、誰かの仕事の悪口を言いあうことで、発散できる。それに、絶対にその悪口は外に漏らさない。あそこが駄目だ、あればひどい、と言い合いながら、自分たちの仕事は自分なりに省みるということだ。

さて、その悪口の会で、高峰秀子が口を挟んだ記憶が無い、と中山千夏は書いている。同じ子役あがりとして、大人たちのそういう悪口に、どんな思いを持っていたのか、今となってはわからないが、と。

うーむ。でも、でこちゃんは、それを楽しんでいたのかもしれないねえ。

2012/9/3