誰が誰に何を言ってるの

誰が誰に何を言ってるの

2021年7月24日

「誰が誰に何を言ってるの」 森達也 大和書房

森さんの新刊。
いつもと同じだなー、と思った。

善意は陶酔する。そして悪意は屈折する。自己の利益や私怨を理由にしたとき、人は人を多くは殺せない。人の心はそれほどに強くない。せいぜい数人が限界だ。でも善意や正義やセキュリティ(愛するものを守る)を理由にしたとき、人は人を際限なく殺戮することができる。

2006年におけるこの国の殺人事件の認知件数は1309件。戦後最高は1954年の3081件だから、人口比で考えれば、ピーク時の4分の1近くに減少しているといえるだろう。小学生が被害者となった殺人事件の件数も、全般的な殺人事件とほぼ同じ曲線を描きながら減少している。

治安は悪化などしていない。どんどん良くなっている。でも人は脅える。治安が悪化しているかのような報道をメディアがくりかえすから。ならばなぜメディアはそんな報道をくりかえすのか。不安を恐怖を煽ったほうが、視聴率や部数は上がるからだ。

「自衛戦争だから正しい」との論理に対しては、「すべての戦争は自衛の意識から始まるのだ」と反論するだけでいい。

(引用はすべて「誰が誰に何を言ってるの」森達也 より)

空港でライターを没収される話には笑った。笑ってから、うんざりした。テロ防止のために、ライターは飛行機に持ち込めない、但し、煙草を吸う人は、一個だけならライターを持ち込んでもいい。これって、何?どういう意味がある?

森さんは空港で職員に何度か尋ねたけれど、後ろに人が並んでしまったので、諦めた、諦めた彼に、係員は耳元でささやいた。「私もおかしいと思ってます」と。

我が家でも、まだおちびが小さい時に、沖縄旅行に行く機内で、退屈しのぎに遊ばせようと、折り紙ケースを機内持ち込みカバンの中に入れておいた。そのケースに、ちっちゃなハサミが入っていた。幼児が怪我をしないように、プラスチックで頑丈にかこまれた長さ6センチ程度のちっちゃな刃のついた幼児用おもちゃバサミ。それを、持ち込み不可と言われて、夫が憮然として尋ねた。
「お宅の機長は、これで脅かされると平壌へ飛ぶんですか?」
それから、ごちゃごちゃと言い合いがあって、平和を愛する我が家族のため、そのハサミは係員預かりとなって厳重に包装され、持ち去られ、到着時にうやうやしく我々の手元に届けられた。

もちろん、そういう規則があるのだろう。
係員は、うるさい客にごねられて、うんざりしただけだろう。
それは、わかる。

でも、こういう過剰な防衛意識がどこへいくのか?と思う。その時は、ああ、またこうなっちゃった、だからハサミは持たなければよかったんだわ、としか思わなかったけれど、そうじゃなくて。
おかしい、と思っていても、規則だから、従う。まあ、そうだけれど、そこでちょっと立ち止まることはないか。

アイヒマンが、「私は命令に従っただけだ」と言ったエピソードを思い出す。

森さんを読んだおかげで、またいろんなことを考えてしまった。
考えてしまうことを、ありがたいと思うべきなのだろう。
でも、いつも最近、同じようなことばかりだ。
反対に言えば、同じようなことが、ひとつも変わらずに続いているということだ。

2010/10/7