身体のいいなり

「身体のいいなり」 内澤旬子 朝日新聞出版

皆様、明けましておめでとうございます。
本年も引き続き、読んだ本の感想や日常のあれこれを書き綴っていこうと思いますので、よろしくお付き合いのほど、お願いいたします。
本年最初の本は、新年にあまりふさわしくない病気に関する本ではありますが、ご容赦くださいね。

作者は、「世界屠畜紀行」の内澤さんです。
前作は、世界中の屠畜の現場に入ってのノンフィクションで、強い意思といきいきした好奇心に魅せられたのだけれど、実はそれを書きながら、乳がんとの闘病があったとこの本で知って、驚きました。

正直な感想を言うと、かなり苦しいというか打ちのめされるような部分も多くあった本なのだけれど、それでも、人間って、どんなことにも何かを学んで変わっていくものなのだなあ、と最後には思いました。

彼女が病になったのは決していいことではない、なければよかったことなのではあるのだけれど、だとしても、その経験を経て、かたくなだった自分の心と身体に気づいて、もがきながら突き進んで、何故か今は腰痛もアトピーも生理不順も消えて、今までで一番健康かもしれない、という状態に持ち込んでしまったという結果に、はっと目がさめるようなものがあります。

内澤さんは、ものすごくかたくなで思い込みが激しくかつ実は繊細な人でもあったのでした。人はこうあるべき、に縛られるのがいやであったり、誰かに迷惑をかける、困られるのがいやだったりするせいで、ずいぶんと自分の自然から遠ざかっていたのかもしれません。いや、それこそが彼女の自然であるかのように思い込んで生きてきたのが、病をきっかけに少しずつほどけてきて、柔らかい生き方を、少しでもできるようになった、そういう事なのかも。などとわかったようなことを書かれるのを、彼女は嫌うのも承知なのですが。

生きることはそんなにいいことか、ありがたい事か、という彼女の強い問いかけにも、私は打ちのめされる部分があります。
その一方で、たった一人で車椅子で入院してきた老婦人が、暖かく「がんばりましょうね」とにっこり笑って去っていったそれだけに、自分の小ささを感じ、ああなりたいと本気で思ったという一文に、胸が切なくもなります。

人の気持を分かること、理解すること、受け止めること。それは、そんなに簡単なことではない。ましてや、心を温め、強くさせるなんてことは、実は誰にもできないんじゃないかと思うのです。それをするのは、本人。だとしても、人の持つ強さ広さ暖かさ大きさが、傷ついた人に染みこんで何かを感じさせることは確かにある。一人ひとりがしっかりと自分の為に生きることで、他者にそれが伝わっていく、そういう形で、支えあったり助けあったりしていけたらどんなにいいだろう、と私は読んでいて痛切に思ったのでした。

という一方で、内澤さんの配偶者が、あまりにも素っ気無く書かれていて、気になりました。互いに気遣い合う関係性が全く書かれていないのは、あえて避けたのか。読んでいて、冷たいなあ、と思ってしまいました。

手術前にろくに説明しなかったり、術後の結果を質問しただけで切れて怒鳴りつけたりする医師も登場します。こんな医師に身体を切られたくない、と強く思います。

内澤さんの身体を開放した要因の一つと思われるのがヨガです。それまで全く筋肉というものがなく、体力もなかった彼女が、週に数回のヨガを続けることで、適度な筋肉が体を支えるようになって、とても全身状態が良くなっていったようです。
筋トレを半年以上続けている私も、それはとても体感として理解できます。筋肉って、大事ね。そして、毎日身体と向きあうことで、確かに得られることはあるのだとわかります。

人が生きて行くって、難儀な事だよなあ。だとしても、その難儀を突き進む話を書くことで、彼女はたしかに私の心をゆり動かしたし、そうしてたくさんの人に伝えるものがあったのだから。だから、生きてることって、大事だよ、いいことだと思うよ、と私は彼女に伝えたいです。
私も、私の難儀を生きて行くし、誰もがそうなのだと思うから。

がんばりましょうね。
と、私もにっこり笑って言える人になりたい。

2011/1/6