黒島の女たち

黒島の女たち

2021年7月24日

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黒島の女たち特攻隊を語り継ぐこと」城戸久枝 文藝春秋

 

結構面白かったよ、と夫から渡された本。私は、黒島のことなんて、何も知らなかった。
 
戦争末期、特攻隊は鹿児島から飛び立って、敵の目をくらますため、黒島付近まで来てから進路を変え、敵艦に突っ込んでいった。黒島とは薩摩半島から南へ約60キロの海に浮かぶ小さな島だ。特攻機の中には、この島の近くで墜落したり不時着するものもあった。そうして大怪我をした兵隊を、黒島の人々は救助し、怪我の手当をし、なけなしの食料を惜しまずに与え、助けた。
 
生死の境をさまよい、奇跡的に助かった兵士が、島の大事な船に乗って、また特攻機に乗るために島の若者と漕ぎ出していった。本土にこぎつくのは不可能と思われていたが、その後、一基の飛行機が、医薬品や医師の処方箋、チョコレートなどの入ったダンボールを島に落として飛び去った。おそらく、その兵士だったのだ。
 
この本は、元特攻隊員と黒島の人々の今も続く交流を描き、黒島であった出来事の記録を残そうとして亡くなった男と、その後仕事を引き継いだ妻の姿を描き、そして、戦争を体験していない人間が、戦争を語り継ぐとはどういうことか、を語っている。
 
幾つかのテーマを一冊に詰め込んだために、やや散漫になっている部分もあるが、それでも、貴重な本であると思う。私は黒島であったことを何も知らなかったから。そして、それは語り継ぐべきことだと思うから。
 
少し前、とても優秀な学生たちと交流する機会を得る時期があった。その時、日本の最高学府と呼ばれるような大学に進んだ優秀な学生が、「戦争の悲惨な体験なんて語り継いではいけない」というようなことをいった。「辛かった、苦しかった、悲惨だった、という感情論に引きずられると、正しい判断ができなくなる。冷静な判断は、感情を排除したところにある」と。
 
彼は、自分や自分の愛する人が、血まみれで引き裂かれても、見知らぬ誰か、きっとその人を愛している人もたくさんいるであろう誰かを何の恨みもないのに殺さねばならなくなったとしても、そんな事実に惑わされる必要はない、と思ったのだろうか。そんな「優秀」な人材が、これからこの国を担っていくのだなあ、と暗澹たる思いに駆られたことを、私は覚えている。そんな人がいるからこそ、辛い思い出を風化させてはいけない、と私は思う。

2017/7/30