あとは切手を、一枚貼るだけ

2021年7月24日

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「あとは切手を、一枚貼るだけ」小川洋子 堀江敏幸 中央公論社

 

わー、小川洋子の新作だーい、と、共作だということすら気が付かずに予約した本。堀江敏幸という、まだ私が作品を読んだことがない方との往復書簡的小説だった。
 
取っ掛かりがもう、小川洋子である。一番最初なので、ネタバレもなにもないと思うからあえて引用しちゃう。
 
 昨日、大きな決断を一つしました。まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めたのです。目覚めている間も、眠っているときと変わらず、ずっと、です。
 こんなふうに書くと、余計な心配をかけてしまうかもしれませんが、どうぞくれぐれも深刻になりすぎないで下さい。そもそも人は一日のうち三分の一は眠っているのですし、それ以外の時でも始終瞬きをして自ら視界を遮っているのですから、もし厳密に目を見開いている時間を測定する機会があるとするならば、きっと驚くほどの短さでしょう。私たちは大威張りで世界を見つめているような気になっていますが、それは錯覚で、実は目に映るものの大半は暗闇なのです。何も恐れる必要はありません。
 
          (引用は「あとは切手を、一枚貼るだけ」より)
 
どう?小川洋子ワールドでしょう?この人は、とっかかりからとんでもない設定の世界に引きずり込む。ずっとまぶたを閉じたままにする、と大真面目に決めたら、もう、開けない。そういう世界で、物語は進む。
 
目を閉じたままの女性と、かつて愛し合ったらしい男性との間での手紙のやり取り。この二人に何があったのか、どんな歴史があるのか、が徐々に解き明かされていく。普通に考えて、男性編を堀江さんが、女性編を小川さんが担当されたのだろうけれど、二人で書いたとはとても思えない。それほどにこの不思議な世界は完結されている。途中、まどみちおの詩が引用されているので、ああ、これは日本人らしいな、と思えるが、そうじゃなかったら国籍すらわからないファンタジーの世界じゃないかとさえ思える。
 
最終的に謎は解き明かされる、訳なのだが、よくわからない部分も残る。ってか、これも私の読解力のなさなのか?と例によって不安になってくるんだが。
 
最近、性懲りもなくまたクリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」を見た。彼の映画は後味が悪くて、でも、ものすごくいろんな事を考えざるを得なくて、怖いもの見たさで見てしまうんだが。案の定、また考え込んでしまって、その最中にこれを読んだものだから、この本の「十通目」に挿入されているユダヤ人のエピソード・・・南米に逃れるために用意された偽のパスポートが、ゲシュタポの罠であったことが、頭にこびりついて離れない。たぶん、それはこの本のテーマそのものとは少し違うところにあることなのかもしれないけれど。でも、本を読むことで、何を得るかは読者に与えられた大いなる自由であって、今、この本のその部分に出会ったことには意味がある、と思わずにはいられなかった。
 
「グラン・トリノ」の話は、また別の機会に書きたい。イーストウッドは、苦しくてつらいね。あれが良い映画だと言えるのかどうか、いつも考え込んでしまう。

2019/10/7