「空気」を読んでも従わない

「空気」を読んでも従わない

2021年7月24日

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「空気」を読んでも従わない 息苦しさからラクになる

鴻上尚史 岩波ジュニア新書

人から頼まれて、本当は嫌なのに、断れなかったり、なんとなくの「空気」や「雰囲気」に引っ張られて本当にやりたいことができなかったり。どうしてこんなに生き苦しいんだろう、と思う人に向けて、楽になるための方法を書いた本。

鴻上尚史は、「考える」ことをすすめる。

私たちは、感情にふりまわされないために考えるのです。テストでいい点を取ったり、有名な学校に進むために考えるのではありません。
周りが見えなくなって生き苦しくならないために考えるのです。
感情に負けて、失敗しないために考えるのです。
よりいい生き方を見つけ、楽になるために考えるのです。
ですからあなたの生き苦しさのヒミツも考えるのです。

著者は、生き苦しさのキーワードとして「世間」と「社会」を挙げる。日本人は、よく知っている共同体である「世間」のために生きていて、「社会」を大事にしていない、と説明する。年上が偉い、同じ時間を生きることを大事にする、贈り物をし合う、仲間はずれを作ることで結束力を高める、理由のないミステリアスな決め事が続く、などが「世間」にはある、と説く。日本は、同調圧力がとても強い国である、と指摘する。

そこから脱するためには、自分を大切に思うこと、仲間外れを怖れないこと、たったひとつの世間に縛られないように、いくつもの「世間」を持つこと、いつも一緒にいるグループだけでなく、たまに会う人達との関係も作っておくことをすすめる。

もう一つ、スマホの時代についても彼は言及している。友達のSNSの写真を見て、楽しくなるどころか「みんなどうしてこんなに幸せそうなんだ、なのに自分は・・」とより孤独を感じるようになっている。「いいね」の数が、自分がどれだけ認められているかの評価になってしまう。「いいね」をたくさんもらえると自分が「何者かになった」かのように思ってしまう。「正義の言葉」を発信すると皆に認めてもらえるので、正義の立場に立っての発言が多くなってきた、と。

「人の評価」だけが動機になると、本当につらい人生になると思います。
僕は作家ですが、「読者が気に入るかどうか」だけでは作品は書けません。もちろん、読者が気に入ってくれれば嬉しいですが、その前に「自分は書きたいのか」「自分は面白いと思っているのか」という大切なハードルがあります。
このハードルをちゃんとクリアしないで、「読者が気に入るかどうか」だけを考え始めると、人生は不安定になり、不幸になると思っているのです。
だって自分の人生を決めるのは、自分であって、「他の人が評価するかどうか」ではないからです。

            (引用は『「空気」を読んでも従わない』より)

この本に書かれているのは、とても当たり前のことだ。そして、私もずっと考えてきたことだ。人は、自分が思っている以上に「考え」ていないものだ、とこのところずっと思っていた。考えているつもりで、実は人の顔色をうかがっているだけであることが、すごく多い。それから、他者の評価が全てだと思っている人も、とても多い。そして、自分の属する世間だけが世の中だと思いこんでいる人も、非常に多い。そこから脱すれば、もっとずっと楽に幸せに生きられるのになあ、とずっと思っていた。鴻上尚史は、そうしたことを、ひとまとめにして一冊の本に落とし込んだのだ。共感する。

ただ、一言言わせてもらえれば、生き苦しさの正体は、世間と社会だけではなくて、「家族」というキーワードもあると思う。鴻上さんがそこに思い至らないのは、きっと幸せな家庭に育ったからじゃないかしら。親と子の関係性において、人格を認めてもらえず、親の言いなりになることこそが正義であると刷り込まれた人の生き苦しさは、非常に大きい。むしろ世間のほうが、多数の人の目があるという意味で、よほど楽な場合すらある、ということを私は付け加えておきたい。必要以上に親に認められたいと願わない、というのも大事なポイントのひとつだと私は思う。

この本は、岩波ジュニア新書から出されているし、今、なんだか生き苦しいと思っている中高生が読んで、少しでも感じるところがあればいいなあ、と思う。でも、読むかなあ。最近の学生さんは本を全然読まないからなあ。読解力の低下、本当に深刻な問題だと思うよ、私も。
2019/12/4