いっぴきの虫

いっぴきの虫

2021年7月24日

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「いっぴきの虫」 高峰秀子 文春文庫

旅のお連れ本。てんとう虫の並んだ、安野光雅の絵の表紙が気に入って借りてきたのだけれど、うーむ、やっぱりちょっと中身は古いかも。1978年に出された対談本。登場人物はほとんどお亡くなりになってしまっている。

東海林太郎、趙丹(中国の俳優)、有吉佐和子、東山魁夷、松下幸之助、円地文子、森繁久彌、濱田庄司、川口松太郎、杉村春子、林武、團伊玖磨、谷崎松子、木村伊兵衛、市川崑、菊田一夫、澤田美喜、藤山寛美、梅原龍三郎、松山善三。

いずれもたいへんな大物揃い。しかも、高峰秀子は、その誰を相手にしても、旧知の間柄として実に親しく、堂々と対話している。すげー。

すげー、と思わせるように、本ができているよなー、と思う。高峰秀子という人は、突っ張って、付け入る隙がないように生きた人なのかもしれない、と思う。どんな大物の相手でも、私は大事にされるのよ、こんなに私って愛されるのよ、とどこかで思っているのがちらりと見える。だけど、藤山寛美との対談に、それがちょっとほころびて、面白い。

藤山寛美はいう。

たった一つの私のタブーといえば「どんなことがあっても、役者は客より偉くなったらいかん」いうことですねェ。

それに対して、高峰秀子は、こう書くのだ。

あたりまえといえばあたりまえだが、お客へのサービスは二の次で、芸術だの、伝統だのとゴタクを並べてばかりいるひとりよがりの役者には、耳のいたい話ばかりである。

と。
他の立派な学者先生たちとの対談では、世間の低俗を嘆き、テレビがいけない、クイズ番組なんぞが卑しい、などと言っていたくせに、ここでは、藤山寛美に打ちのめされるのである。
いいなあ、藤山寛美。

それでも、きっと高峰秀子という人は、背筋を伸ばして、正しい姿勢で、言うべきは言い、それによる世間の冷たい風は受けるべきは受ける、という人ではあったのだろうと思う。
だとしても、今時の若者批判を読んでいると、ああ、この時に批判された人たちが、いまや堂々のご老人連になって、若者を批判しているのよねえ、いかんいかん、私もその仲間入りだわ、と思うのであった。

(引用はすべて「いっぴきの虫」高峰秀子 より)

2012/8/31