思い出のマーニー

思い出のマーニー

2021年7月24日

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「思い出のマーニー 上下」ジョーン・G・ロビンソン 岩波少年文庫

 

ステイホームの日々の中、テレビで放映されたジブリのアニメ映画「思い出のマーニー」を見た。原作は学生時代に読書会で取り上げられたことがある本で、誰がレポーターになったのかも覚えているし、なかなか読み応えのある本だったという印象が残っている。が、ストーリーの詳細は覚えていなかった。
 
映画を見終えて、え?こんな物語だったっけ?と違和感が拭えず、一緒に読書会に出ていたはずの夫も、全く覚えがないぞ、というので図書館で借りてきた。読み返したら、なんと面白い物語ではないか。なぜ、これが、あんなつまんない映画になっちゃうんだろう。
 
養親の元を離れて海辺の街に預けられたアンナという子が、そこでマーニーというこの世の人かどうかよくわからない不思議な女の子と出会うのが上巻。誰ともうまく打ち解けられないアンナが、マーニーとだけは仲良く過ごせる。下巻では、そんなマーニーが怖がっていた風車小屋で、アンナを置き去りにして行ってしまう事件が起きる。アンナはその時あたりから、マーニーが住んでいたはずのお屋敷に新しく越してくる現実の子どもたちと仲良くなっていき、養い親とのわだかまりも溶けてきて、最後にマーニーの秘密を知る。
 
本を読むと、アンナが陰鬱な気分で過ごしている上巻より、屋敷に来る子どもたちと知り合う下巻のほうがずっと楽しく、興味深いのだが、映画は上巻に重きをおいていて、新しい住人家族との関係性はぐっと省略された形で表現されている。なんだか釈然としないつまらなさの原因はそこにあるのかもしれない。つまり、映画はアンナの孤独感や、誰とも打ち解けられない苦しみといったものへの共感が最も強く打ち出され、新しい人間関係の流れを省略したために、そこからの脱出と成長についての説得力が弱くなっているのではないだろうか。
 
アンナの心理的背景や理由は、少し離れたところから客観的に見れば、論理的に説明もできることでありながら、それでも不思議な世界としての形もとどめている。その微妙な感じも原作本では上手に描かれているのだが、アニメだとまるでホラー映画か何かのようにも受け止められてしまう。アンナの視点にたてば、彼女がそう感じたのだからそれでいいのだ、といえなくもないのだろうけれど、原作の、あくまでもアンナを外側から尊重し、敬意を払った描写が十分に反映されているとは言えないと思う。
 
ジブリの映画を見て、つまんねーの、と思った人は、ぜひ、原作を。もっと面白い物語だということがわかるからね。
 
 
 
 

2020/5/24