がん生と死の謎に挑む

がん生と死の謎に挑む

2021年7月24日

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「がん生と死の謎に挑む」 立花隆 NHKスペシャル取材班 文藝春秋

立花隆はやっぱりお利口だ、と改めて思う。これを読んで、がんについて、ものすごくスッキリと理解できた気がする。ここ半年くらいがんに関する本を沢山読んできて、ある程度がんについては理解できていたつもりだった。この本で初めて知ったこともいくつかはある。だが、たとえ知っていたことであっても、論理立てて整理するとこんなに納得がいくのかと、目から鱗が落ちるようであった。

がんは、指紋のように個別的な病気である、と柳原和子さんの本で私は知った。なぜ、そんなに個別的なのか。この本の中にある「乳がん細胞の遺伝異常マップ」を見ると、具体的にはっきりとそれが理解できる。がんは遺伝子のコピーミスから起こる病気だが、いくつものコピーミスによる変異が蓄積しつながり合って発症に至るため、その組み合わせは気が遠くなるほど複雑だ。6人の乳がん患者の遺伝子異常マップは、どれひとつ同じではなく、全く違っている。であるなら、あるがんに効く療法が、他の人に全く効かなかったとしても、それは無理の無いことなのだ。

がんは自分の外にいる敵ではない。
自分の中にいる敵だ。
あなたのがんはあなたそのものである。
がんには、生命の歴史がこめられている。
がんの強さは、あなた自身の生命システムの強さである。
だからこそがんという病気の治療は一筋縄ではいかない。
がんをやっつけることに熱中しすぎると、
実は自分自身をやっつけることになりかねない。
そこにがん治療の大きなパラドックスがある

近藤誠氏の理論について、こんなことが書いてあった。立花氏は、ある時新聞社主催のシンポジウムの控え室で大学や大病院、がんセンターなどそうそうたるがんの有名臨床医と語り合ったことがあるそうだ。話題が抗がん剤に及ぶと、

抗がん剤がどれほど効かないかという話を一人がしだすとみんな具体的な抗癌剤の名前を出して、次から次にそれがどれほど効かないかを競争のように話し始めました。
「結局、抗がん剤で治るがんなんて、実際にはありゃせんのですよ」と、議論をまとめるように大御所の先生がいうと、みなその通りという表情でうなずきました。僕はそれまで、効く抗がん剤が少しはあるだろうと思っていたので、「えー、そうなんですか?それじゃ『患者よ、がんと闘うな』で近藤誠さんがいっていたことが正しかったということになるじゃありませんか」といいました。すると、大御所の先生があっさり、
『そうですよ。そんなことみんな知ってますよ」
といいました。僕はそれまで、近藤さんが臨床医から強いバッシングをうけていた時代の記憶が強く残っていて、近藤理論は、臨床医たちからもっとネガテイブな評価を受けているとばかり思っていたので、これにはびっくりしました。

この本はもともとNHKの「立花隆思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む』と一体になった本だ。一体となった、というのは、この本の読者は、本来、その番組を既に見た人であると想定されているのだそうだ。

私はその番組を見ていない。本にはDVDが付録としてついているのだが、出版社の意向によりDVDは貸出されていない。それが見たいがために買ってしまおうかと現在検討中だ。

硬く重苦しい主題を扱っているが、とても理路整然とまとめられているために、あっという間に読めてしまうし、実にわかりやすい。賢さとは小難しいことをこねくり回すことを言うのではなく、難しげなことをわかりやすくしっかりと伝えるために使われる能力なのだと改めて思う。立花隆は稀代の賢さを持った人である。

(引用は「がん 生と死の謎に挑む」立花隆 より)

2013/7/16