インド人の謎

インド人の謎

2021年7月24日

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「インド人の謎」拓徹 星海社新書

 

先日、「アメトーーク!」で旅芸人のトークを聞いていたら、便座のないトイレが話題にあがっていた。世界のいたるところに便座のないトイレがあるらしい。あれは一体どうやって使用するのだろう。あるものは、空気椅子のようにおしりを浮かせて、あるものは便器の縁に足を乗せ、しゃがみこんで用をたすという。なぜ、便座がないのか。それは永遠の謎であると彼らは言い合っていた。
 
で。この本には、インドのトイレの謎が書かれていた。インドの洋式トイレの便座は泥まみれである場合が多いという。それはなぜかというと、彼らは便座に直接腰掛けることはせず、靴で踏みつけて上に上がり、バランスを取ってしゃがむのだそうだ。そもそも、インド本来のトイレはしゃがみ式の作りであって、理由もなく習慣を変えることを拒絶するインド人は洋式トイレに対しても、使用法を変えることはないという。それならインド式トイレを設置しておけば済む話なのに、レストランやホテルなど主要な場所のトイレの殆どは洋式であるという。そこにインド独特の歴史と思考法が潜んでいる。
 
インド亜大陸における長いイギリス支配により、インドでは読み書き、教育において今も英語が尊重され、よりフォーマルな場ではイギリス式こそが上流であるとされている。そのため、ある程度以上のステイタスを自称する施設のトイレは洋式でなければならないのである。例えば、大学の学生寮では修士用の寮にはインド式トイレが、博士用の寮には洋式トイレが設置され、それによって格付けがなされているという。とはいえ、使いにくいものは使いにくい。そのため、上に乗ってしゃがみやすいよう便座をひろげ、翼型の足乗せ部分をとりつけたインド式との折衷型トイレまであるという。
 
これを読んで、私はずい分昔に読んだアフリカ滞在記を思い出した。アフリカで現地人と仲良くなった日本人が、自宅に招かれると、そこには洗濯機や冷蔵庫やテレビなどがずらりと並んでいたという。ただし、当時、その地区に電気は通っておらず、どんなに家電製品があったとしても、それはただの物入れ以上の使用法はない。だが、それらを持っていることこそがステイタスなのであり、いわば値段の高い名画を部屋に飾るかのように、使えもしない家電製品を並べることが自慢であり、裕福の証となるのだという。もっとも、これは数十年前に読んだ本の記憶なので、今はずいぶん状況が変わっているとは思うが、インドの洋式トイレも同じような感覚があるのかな、と不意に思い出したのである。
 
トイレの話は取っ掛かりであって、以後、カースト制度、宗教、貧困、観光地、食、動物、音楽などなど様々なインドの謎が解き明かされている。筆者は十二年にわたってインドで学生生活を送っていたため、インド(北インド地方に限ると言っているが)の日常には精通している。バックパッカーがふらりと訪れて「沈」するのとは全く違ったインドの姿が描かれていて、とても興味深い本であった。

2016/8/17