ガン日記

ガン日記

2021年7月24日

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「ガン日記」中野孝次 文春文庫

 

2004年2月8日、体調不良のため受診した日から3月18日、入院した日までの日記。死後に発見されたこの日記は発表することを意図されたものではなく、擬古文で書かれている。この本は、その日記に、ガンや墓について書かれたエッセイいくつかと、主に読んだ本の覚書、引用抜粋に使っていた黒いノートの記録、奥さまの手記、略年譜などが一冊にまとめられている。
 
食道がんの宣告を受けても比較的平静に受け止めたのは、ここ数年セネカと唐代禅僧の語録に親しんでいたからだと自己分析がなされている。うろたえることなく、自分の生命の期限を冷静に見極めようとしている姿に頭がさがる。
 
が、医療は残酷だ。抗癌剤や放射線治療を放棄し、静かに死を迎えたいという本人の希望は、いくつかの病院によって否定され、医師の説得により、入院治療を受ける決意に至る。日記はそこで終わるが、その後は抗癌剤治療と放射線治療を受けて、癌の治療は完全に終わりました、と医師に告げられて退院するも、体力は戻らず、結局別の病院へ入院することとなる。そして、肺炎を起こして、7月に亡くなる。
 
がんの治療は完全に終わったと宣言した医師は、何をもって終わったといったのだろうという疑問が残る。癌が消えたということか。それとも、手の尽くし様がなくなったということか。医師の説明を受けるが、理解できないことも多い、という日記も記述もあり、中野氏には、ガンという病気に対する知識はあまりなかったように見受けられる。
 
結局のところ、治療により多少のガンの減少はあったものの、体力そのものを奪われて肺炎に至ってしまったのではないかと思えてならない。最初から治療を放棄し、静かに余生を送る方法もあったのに・・・と思ったところで、何ができるわけでもない。
 
高齢者のがん治療の選択は難しい。文学者の偉大さ、崇高さに感じ入る前に、そう思ってしまった私は良い読者ではないのかもしれないが。
 

2014/5/29