クマにあったらどうするか

クマにあったらどうするか

2021年7月24日

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クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎等」

語り手・姉崎等 聞き書き・片山龍峯

 

クマにあったらどうするか。死んだふりをするといいとか言われているけど、実はそれは間違いらしい。じゃあ、どうしたら良いかというと、できるだけ視線をそらさずにじっと睨みつける。腰が抜けてしまったら、座り込んでもいいから、できるだけ動かずじっと見つめる。クマは、本当は人間を食べたいとか襲いたいとかは思っていない。もし、食べられそうになったら、のしかかって、口をぱかっと開いた瞬間に、できるだけ喉の奥にまで腕を突っ込み、舌を捻るか、押すかする。まあ、腕は多少かじり取られるかもしれないけれど、それだけじゃ命に支障はないからね。
 
それから、熊鈴というのも、あんまり効果はないらしい。どっちかって言うと、空のペットボトルをもって、ベコッベコッと音をさせながら歩いたほうがいい。山でバーベキューやジンギスカンをしたら絶対に丁寧に片付けをして、何も残さないこと。クマが人間の食べ物の味を覚えてしまうと危険だからね。
 
クマが食べて大丈夫だったきのこを、アイヌは食べた。クマが歩く道を辿って、アイヌは山を歩いた。姉崎さんは、たった一人でも、夜道でも、山で迷うことはなかったという。クマが全てを教えてくれたのだ。
 
姉崎さんは、アイヌ民族最後の狩人である。残念ながら、もうお亡くなりになってしまった。クマを師匠として、クマからあらゆることを学んだという彼の言葉は誠実で真摯で勤勉で公平で、とても強い。晩年は銃を手放されて北海道大学のクマの生態調査に協力されていたという。クマが生きやすい自然を残すことに尽力されていたという。クマも人間も自然の中の一部だから。クマを狩猟しながら、クマに感謝し敬意を持っていた彼の言葉は実に重い。
 
人は、自然とこんな風に対峙していたのだ、と思う。敬意、感謝、畏怖。大きな機械や強い薬剤、殺傷能力の強い武器を手にした私たちは、そういうものをどんどん失っていってしまった。それが何を呼んでいるのか、を改めて思う。
 
 

2015/12/7