シークレット・レース

シークレット・レース

2021年7月24日

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「シークレット・レースツール・ド・フランスの知られざる内幕

T・ハミルトン D・コイル 小学館文庫

スポーツにあまり興味はない。が、ツール・ド・フランスは好きだ。30年近く前、たまたまつけたテレビでツール・ド・フランスのドキュメンタリーをやっていた。ながら見で他のことをやっていたはずが、いつの間にか夢中になっていた。ツール・ド・フランスがこんなにドラマに満ちた競技だとは、その時まで知らなかった。

ツール・ド・フランスは、フランスとその周辺国を舞台に一ヶ月近くかけて行われる自転車レースだ。幾つものチームが集団で区間ごとの勝利と総合優勝を目指して戦う。自転車レースというと個人競技のように思うかもしれないが、これは純然たる集団戦だ。チームはエースをアシストし、一人の勝利のために多くが周りを固める。

筆者のタイラー・ハミルトンは有名なプロ自転車走者だった。ランス・アームストロングというとてつもなく強い選手をアシストし、ツール・ド・フランスの優勝に導いたこともある。ランスは癌で一度引退を余儀なくされた後、不死鳥のように蘇って次々と大きな大会で優勝し、最強を誇った伝説の人物である。

だが、ランスの強さはドーピングにより作られたものでもあった。というよりも、自転車レースの参加選手のほとんどは、ドーピングをしていた。もちろん、タイラー自身もである。

この本は、ツール・ド・フランスを始めとする自転車競技がいかにドーピングまみれであるかを明らかにした告発本である。ドーピング無しに、選手は勝つことはない。ドーピングがあまりに当たり前になってしまっているがゆえに、それを指摘されても罪の意識すら感じないほどである。どうやって検査をすり抜けるか、どうやってもっと強化的なドーピングを手に入れるか。それが、競技に勝つことの最大のポイントとなっている。

ランス・アームストロングは、告発を受けたあと、それは全て嘘であると強く主張していたが、2013年、テレビ番組で、そのすべてを認めた。以後、競技参加資格を剥奪されている。もちろん、筆者のタイラーも、もう自転車競技に参加することはない。

ツール・ド・フランスの面白さは、選手同士の駆け引きや作戦のたて方で結果に大きな違いが出てくるところにある。絶対にムリだと思われたところから、驚異の追い上げでトップに立つ選手も出てくる。毎日違ったドラマが見られるのだ。

だが、私たちが夢中になって見ていた競技の裏では、こんなことが行われていたのか・・・と愕然としてしまった。検出されないギリギリの範囲での薬物使用だけでは足りず、彼らは自己血液をあらかじめ多量に採血しておいて、レース直前に輸血するという方法を取り始める。血液の濃度が上がり、もうだめだと思ってからの踏ん張りが驚異的に上がる。検査をしても、自分の血液だから、何の反応も出ない。

予め採血してそれを健全に保管し、直前に輸血するために、専門の医師が暗躍する。そして、彼らはミスを犯す。そこから、不正が発覚する・・・・。

ドーピングに手を染めない選手はほとんどいない、という実態がこの本では明らかにされているが、これは自転車競技に限らないのだろう。その昔、陸上競技の女子選手としてはありえないような記録を叩き出していたジョイナーが急死したことを思い出す。彼女の死とドーピングは無関係ではないだろう。ベン・ジョンソンは捕まってしまったが、では、他の選手は潔白だったのか。そんなことはないだろう、と思えてならない。うまいことやれば、絶対に記録が伸びるとわかっていて、その誘惑に耐えられる選手がどれだけいるだろう。そう思うと、オリンピックも違ったものに見えてくる。

人より優れたい、強くなりたい、一番になりたい、という人間の欲望は、こういう形をとる。国家が核兵器を持つように。それが毒であるとわかっていても、やめられない。そして、そこに罪悪感すら抱かなくなる。この罠を抜ける道はあるのだろうか。

2014/8/25