ヒタメン

2021年7月24日

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「三島由紀夫が女に逢う時・・・ヒタメン」岩下尚史 雄山閣

「みずいろメガネで紹介されていて、読みたくなった本。なかなか刺激的な本でした。

作者の岩下尚史山は昔「タモリ倶楽部」に出ていたのを拝見したことがある。着流し姿で「ハコちゃん」という名前で、江戸時代の銭湯跡の解説をしていた。ちょっとオネエっぽい変なおじさんだった。和辻哲郎文化賞なんてお固い賞をとっている人だとはとても思えなかったけどなあ。

三島由紀夫が結婚前の三年間、ほぼ毎日会い続けていた恋人の暴露話の聞き書きに、三島が亡くなるまでずっと友人であり続けた女性へのインタビューが加えられている。あまりにリアルな筆致からして、信憑性性はかなり高いと思われる。

三島の恋人は高級料亭の一人娘で、歌舞伎役者中村吉右衛門の妹分でもある豊田貞子さん。もう三島の奥さんも、豊田さんのご主人も亡くなったし、実名を出しても構わない、とご本人はさばさばしたものだ。つい最近読んだ「歌舞伎 家と血と藝」と登場人物がかぶりまくっているので、不思議な臨場感があった。

恋人であった貞子さんは、高級料亭の娘という、堅気のお嬢さんとも玄人の女性とも違う特別な立場にあって、裕福で、政財界、歌舞伎界など有名人の知り合いも多く、華やかな世界に生きた人だ。そんな女性と付き合うために、三島は相当に散財しなければならなかったようだ。何しろ、毎日違う着物を着て会っていたとさらりと言う女性だもの。

三十前後でまだ女性を知らなかった三島は、この貞子さんにぞっこんになったようだが、彼女の方は、結婚までの気楽な付き合いのつもりだったという。何しろ、結婚でもして毎日掃除やお料理をさせられるなんてそんな怖いことはしたくない、と思っていたそうだから。まさか週に十万程度のデート代に公威さん(三島のこと)が困ってらっしゃるなんて夢にも思ったことはなかった、なんて言われると、ねえ。

読んでいて隔絶した世界の人だとしみじみ思う。とりわけ「潮の呼ぶ声」で毎日食べるだけの魚をとってコメもなしに刺し身に塩を付けて食べていて水俣病になった人々の話なんかを読んだ直後だと、むかっ腹も立ってきてしまう。ご本人に罪はないのだけれどね。

今まで三島に抱いていたのとは全く違う三島の姿が見られる本だ。繊細で優しくてひと目を気にして女性に心を左右される女々しい三島。ちょっと笑ってしまう。三島があんな最後を選んでしまったことと、この恋が終わってしまったことには何らかのつながりがあるのだろうなあ。そう思うと、情けない気もする。

人生って色いろあるよなあ、と最終的には思ってしまった。三島ファンが読むともっと違った感慨があるのだろうな。

2013/10/9