人体

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2021年7月24日

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「人体 5億年の記憶 解剖学者・三木成夫の世界」布施英利 海鳴社

 

中学生の頃、医者になりたいと思ったことがある。その野望は、数学の困難さの前に潰えたが、今思うと、たとえ数学ができたとしても、無理だったと思う。実はわたくし、小説、あるいは映画「ハンニバル」の、レクター博士の脳に関するとあるシーンがひどく恐ろしく(ここにこう書くのさえ、かなりの逡巡がある)、どうやら頭部の解剖がどうにも無理そうなのである。
 
なぜそんな事を書いたかと言うと、この本は、養老孟司の師匠筋に当たる三木成夫という解剖学者の考えていた「人間というもの」を、彼に魅せられた作者がわかりやすく解説しようとしたものであり、解剖学者の話であれば、当然、解剖の話も出てくるのは間違いなく、頭皮をつるんと桃の皮のように剥くなどという描写がさり気なく入れ込まれているからである。ああ、書いちゃった・・・。そのページをぱたっと閉じて、しばらく呼吸を整えないと、次が読めなかった私なのである。
 
というわけで、読み通すのにやたらと時間がかかってしまったが、面白い本であったことは間違いがない。
 
我々のからだには太古の記憶が刻み込まれている。たとえば、私たちの顔の筋肉は、魚のエラの部分が発達してできたものである。骨は、まず先に骨があって周りに筋肉などが出来たのではなく、体の中にある隙間に石灰沈着が怒って、それが骨になったのである。胎児の体内での発達は、魚から人へと変化するかのようであるし、人間の体の中には内臓のような植物性器官と目や耳な脳のような動物性器官がある・・・・。
 
作者は東京芸術大学の学生であった。「保健体育」という科目の集中講義が5月頃にあり、そこで三木成夫が教えていたという。その授業があまりにも魅力的であったために、単位取得後も毎年、彼はこの授業を聞き続けたという。芸大で博士課程まで終了したというのに、東大医学部で解剖学助手を務めたりしている彼の人生には、三木が大きな影響を与えたのだろう。
 
そんな三木成夫の業績をわかりやすい形で解説しようとしたのが本書である。が、わかりやすいと言うよりは、作者自身の情熱や三木への思いが溢れて、時として思わぬ方向に走り出したり、筆が滑ったりしているのが見て取れる。それが、読みにくくもあり、面白くもある、なかなか歯ごたえのある本である。大変だけど、読んでよかった、面白かった本。

2020/12/21