別海から来た女

別海から来た女

2021年7月24日

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「別海から来た女 木嶋佳苗悪魔払いの百日裁判」 佐野眞一 講談社

う~、怖い。と言いながら、一気に読んでしまった。「神去なあなあ日常」みたいな、悪人が一人も出てこない本を読んだ後だと、この本なんて、登場人物全員が悪人じゃないかと思えてくる。どんどん怖くなるし、嫌な気持ちになるのに、その反面、わくわくしている自分に気づく。私ってば、犯罪者の本を読むのがじつは大好きらしい。なぜだ?すげー嫌なやつじゃないか、私って。

木嶋佳苗が何をしたかは、ここでいちいち書くまでもないだろう。でも、私はあんまり知らなかった。いま騒がれている角田美代子の事件も、あまり知らない。なぜかというと、こういう犯罪の報道は、怖いから見ないようにしているのだ。なのに、ノンフィクションの作品になったとたん、読みたくなる私ってなに。たぶん、私は恐ろしい犯罪の事実は知りたくないのだ。ただ、その犯罪を犯した人間そのものに興味があるらしい。私ってば、なんて下世話な奴。

木嶋佳苗は、酪農を主産業とする北海道の奥地で生まれ育った。しかし、彼女の家は酪農家ではなく、現地ではエリート的な存在のホワイトカラーの家庭だったそうだ。貧困に喘いだ結果の犯罪でもないし、犯罪被害者である男性に対する怨恨や強い感情もあまり無いようだ。ただ、淡々と、金を搾取し、絞り終えると、淡々と殺していた。

小学生の時に、既に地元の音楽家の女性から五百万円の入った貯金通帳を盗み取り、それを父親の力でもみ消していたという事実を作者は調べだす。そこから、彼は、ある結論へ近づいていく。

そう、この本では、最終的に、木嶋佳苗はサイコパスである、という結論を導き出している。感情なしに、何にも心を動かさずに人を殺し続けたとしか思えない彼女は、生まれながらの犯罪者なのだ、という結論だ。

木嶋佳苗の母親の家に何度か取材を申し込んで、拒否された、その時の声の調子が、まるで楽しんでいるかのように明るく、ふふふ・・という笑いさえ含んでいて、たじろがされたというエピソードがこの本には載っている。彼女の家族は誰一人として裁判の傍聴にも証人にも参加することはなかった。彼女の父親は、司法書士になろうとして何度も失敗し、結局、司法書士見習いとして一生を終えた人だった。そして、彼女は「父親は弁護士である」と何度も嘘をついている。妹との間に取り交わされたメールも、読めば読むほど奇妙なものばかりだ。この家庭の中に、いびつな、生きることは嘘をつき続けることだ、と教えこむ何ものかがあったのではないか、と私は思う。サイコパスだといってしまえば簡単というか、それでもう、何も探すものはなくなってしまうけれど、彼女が犯罪に行き着いた理由がを、やっぱり私は知りたいと思う。

佐野眞一は、かなり感情的に書いていると私は思った。木嶋佳苗はサイコパスであるという結論に突っ走るその一方で、裁判中に木嶋に質問する検事を恫喝的だと非難し、判決結文を書いた検事を「木嶋佳苗が大嫌いなのだろう」と感情的に強く批判し、さらには裁判員の「達成感がありました」という感想にまで怒りをあらわにしている。そして、すべてが欺瞞に見える、と書いている。文章の端々に、震災や原発事故に対して、何も出来なかった政治家への批判が顔を覗かせたりもしている。

佐野眞一は、もしかしたら、3.11で激情し、それ以降、怒りの収める場所を見つけられずにいるのかもしれない。そこで湧き上がった怒りは、どこにぶつけても収められず、報われず、この世への絶望を抱えたまま、彼は原稿に向かっているのかもしれない。

先日の週刊朝日の記事を私は読んでいないので、意見を書くことはできない。が、「大阪アースダイバー」の中沢新一が大阪の歴史を書くに際して、抵触しそうな微妙な問題に対して、大層な苦労を重ねて新しい文体を開発し、配慮に配慮を重ねて書いていたことを思うと、怒りを怒りのまま文章化するだけでは、伝わらないことがたくさんあるのではないかと改めて思った。

2012/11/20