困難な成熟

2021年7月24日

147

「困難な成熟」内田樹 夜間飛行

 

夫が読んでいて、まあ面白かったよ、というので受け取った本。広い意味では人生相談の本でもありました。
 
夫は「取り越し苦労はするな」と書いてあったよ、と盛んに私に言いました。これは、しょっちゅうありもしないことを心配している私に向かって彼が言いたかったことなのかもしれません。「困る前に困るな、困ってから困れ」と夫にはよく言われますから。なるほど、取り越し苦労はしなくてもいいな、と思いましたよ。
 
「最近の人がすぐばれる嘘をつくのはなぜか」という分析もなかなか面白いものでした。それは寿命と関係するのだよ、という指摘は鋭い。寿命五年の生物が、十年後にばれる嘘をついても、嘘にはならないというわけですな。任用契約五年の研究者は、寿命五年の生物として振る舞うことを制度的に求められる。そういえば、大学院生の息子も、文科省はすぐ役に立つ研究しか認めてくれなくて、それがいかに科学の発展の妨げになっているか、と嘆いていました。
 
「努力ができるのも運のうち」という指摘も目からうろこでした。いま、この社会では、ほとんどの人間的達成は個人の努力の成果であるとみなされています。能力主義、成果主義とはそういうことです。勉強して良い成績を取って良い大学に入って良い地位を得たのは自己努力の結果なので、その成果は排他的に私が占有してよろしい、と。でも、本当は、勉強しようと思えばいくらでも出来る環境に生まれ落ちたこと自体がほぼ例外的と行ってもいいほど幸運なことである、そこんとこ、忘れないでね、という話です。それをわきまえよ、という言葉に納得しました。
 
いま、日本人が読むべき本七選が最後に書かれています。歴史の風雪に耐えたという意味で刊行後五十年経っていて、他の人がなかなか選びそうもなくて、日本文化の本質と国民性格について書かれている本。この選本は興味深いものでした。みんな、読んでるかな?
 
「断腸亭日乗」永井荷風
「夢酔独言」勝小吉
「氷川清話」勝海舟
「瘠我慢の説」福沢諭吉
「兆民先生」幸徳秋水
「父・こんなこと」幸田文
「戦艦大和ノ最期」吉田満

2016/2/25