夢見る帝国図書館

2021年7月24日

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「夢見る帝国図書館」中島京子 文藝春秋

「のろのろ歩け」以来の中島京子。この人の作品は安心して読めるなあ。面白かった。

上の公園のベンチで知り合った喜和子さんという年配女性との物語と、その喜和子さんに頼まれて書いた、帝国図書館を主人公とする物語。二つの物語が一冊の中で同時進行する。

帝国図書館とは、今の上野の国際子ども図書館のことである。喜和子さんは、その図書館の物語を本当は自分が書きたいのだけれど、どうもうまくいかないので、小説家である主人公に代わりに書いてくれと頼む。そんな喜和子さんは、謎の多い女性だ。昔の愛人やら恋人やら故郷においてきた娘やらが登場して、なかなか波乱万丈の人生を送ってきたらしい。戦前の上野界隈にいた戦災孤児のことやら、九州の封建的な男尊女卑家庭の女性の困難な生活が、彼女を通して語られる。一方では、日本で図書館がどのように作られたか、どんなふうに守られ、発展したのか、あるいは何度書籍を剥奪され、予算を削られ、危機にひんしたのか、また、図書館をどんな人がどんなふうに夢中になって利用したか、どんな場所だったのかが描かれていく。

図書館は素晴らしい夢の場所だ。私は、子どもの頃からずっとそう思ってきた。戦争やその他の歴史がどんなに図書館を踏みにじってきたか、でも、図書館が必要で、図書館が大事で、図書館を守ろう、と考えた沢山の人達がいた。帝国図書館が一つの人格のように描かれることで、喜和子さんの、主人公の、作者の図書館愛が見えてくる。帝国図書館は、樋口一葉に恋していたんだって。うふふ。

でも、読み終えても、全体の謎はわからないよねえ、と私が言ったら、夫が、ヘミングウェイが言っていたけどね、とちょっと重々しく言った。氷山を描くのに、水面下の氷山は書かない。水面から上の見えているところだけを描くことで、氷山を表す、というやり方もあるんだ。ですって。そんな小説。

2019/11/14