安井かずみがいた時代

安井かずみがいた時代

2021年7月24日

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「安井かずみがいた時代」島崎今日子 集英社

安井かずみは、「わたしの城下町」「危険なふたり」「よろしく哀愁」など数々のヒット曲の作詞家であり、加藤和彦の妻であった。ジュリーファンだった私は、歌詞カードに書かれた「安井かずみ」という名前を何度も何度も目にしている。

私にとってはジュリーの作詞家という位置づけでしかなかったが、私よりちょっと上の世代にとっては、理想の生き方を具現化しているロールモデルとして安井かずみがいたらしい。地位と名声と優しくてかっこいい夫。仕事は夫としかせず、ホテルのように美しい六本木の家で、夕食は正装してグルメを楽しむ。55歳で肺がんで亡くなるまで、加藤和彦は安井かずみの理想の夫としてずっと彼女に寄り添って生きてきた。

ところが、彼女の死後、一年を待たずに加藤和彦は再婚する。その結婚は実質二年しかもたず、その後いろいろな女性がいつも彼の側にはいたが、結局は一人で彼は自死するのだ。

北山修は「帰れないヨッパライたちへ」の中で加藤和彦の自死に触れている。北山にとっても、それは消化するまでに時間のかかる大きな出来事だったのが感じられる。

人って、めんどくさい。と、この頃つくづく思う。いや、だからこそ面白くもあるんだけれど。お金も地位も才能もあって、立派な夫がいても、まだ幸せになりきれなかった安井かずみ。あるいは、そういう妻を失っただけで、もう残りの人生をまっとうする気力が残らない加藤和彦。どんなにいろいろなものに恵まれていても、足りないものがある、もっとほしいと願う限り、人は満たされない。感情があるのって、ものすごいことだと思う。

安井かずみの生涯を彼女のそばにいたことのある何人もの人の証言によって描き出したこの作品は、読み応えのあるとても面白いものだった。美しくてかっこいいのにかわいそうで哀れで。でもそれでよかったのかもしれない、なんて他人だから言えることでしかないのだけれど。

ジュリーに密かな恋心を抱きながら仕事をしていた、という部分位は大いに共感しちゃったなあ。もちろん、私はひっくり返ったって逆立ちしたって安井かずみにはなれないけどさ。

2013/12/12