数学でつまずくのはなぜか

数学でつまずくのはなぜか

2021年7月24日

「数学でつまずくのはなぜか」小島寛之

夫からのお勧め本。
明らかに数学でつまずいた経験を持つ私。
本当は建築学科に進みたかったけど、数学に不安があって、方向転換したことを、今でもちょっぴり後悔している夫。
どちらも、こんな風に数学を習っていれば、もしかしたら、少し違った人生が待っていたかも、と思う。

でもね。
正直言って、この本の最後の方、デデキントとフォン・ノイマンの自然数の解説は、半分もわかりませんでした。とほほ。
いやね、本気で取り組んで、時間をかけて理解すれば、わかるだろうとは思うの。
でも、そういう気力がもてない。
そこが、一番、問題なのだろうけどねえ・・・。

おちびが、算数、苦手です。
今、大きな数を習ってます。
彼女が言うには、そんな大きな数、見たことも触ったこともない。
これからもきっと見たり触ったりもしない。
だのに、なんで覚えなくっちゃいけないの、と。
何しろ、ゼロの数が増えてきたら、邪魔だから、一個減らしちゃおう、みたいな力任せのやり方をしてます。
ぼろぼろです。

おにいが、負の数の話をしたら、「じゃあ、そのマイナス1とやらを、見せてよ。見えるように持ってきてよ。じゃないと、そんなの、ない。」と断固、拒否です。
うーむ。
おちびのそういうきっぱりしたところ、好きなんですが。

この本は、数学が「できない」ことと「知らない」ことを分けてみせる。
本当に当たり前のことだけれど、「知らない」子を「出来ない」と位置づけることが、どんなに多いだろう、と読んでいて思う。
おちびも、「知らない」ことが多くて、「出来ない」訳じゃないだろう、いやいや私だって。
と、思ったりもするわけだ。

数学を考えると言う作業を、哲学や、歴史から紐解くこの人のやり方が、私にはとてもマッチする。
何を意味するのかわからない、何のためにやっているのかわからない、訳の分からないモノになってしまいがちな部分の意味づけが、完全文科系頭の私のもわかるように書かれている。

数学式を「体感」する、「実感」するためのさまざまな試み、例えば十円玉をぶつけてみる、何かの時点を基準に、前と後ろで数直線を作成してみる、などの方法は、実にわかり易い。
こおろぎの泣く回数の話など、目から鱗だ。

幼児の数の捉え方の例示は、私の育児経験を振り返って、正にそのとおりだった。
子どもが、数を数えたり唱えたりできることと、数を理解していることは、全く別物である。
そして、数学を学ぶ、ということは、往々にして、自分では、数を理解しようとしていながら、実は、数を唱える練習をしているに過ぎない場合があるのだなあ、としみじみ思う。

公式を覚えて、出された問題に当てはめて、正しい答えをいくらでも出すことが出来たとしても、それが何を意味するのか、どんなことを表しているのか、自分の中で、きちんと認識し、理解できていなければ、例え100点を取ったとしても、それは「わかった」ことにも「できる」ことにもならない。
と、私は思う。
そう思ってしまったからこそ、数学からドロップアウトしてしまったわけだし、そこで、開き直って、丸暗記する方法を取れば、また違った道もあったかもしれないけど、そうではなく、本当に理解し、わかる道を、私は欲しい。
子どもにも進んでほしい。

この本を読んで、私のような数学音痴は、「ほほう」と思うところ、大であったけれど、数学得意よ、という人は、何を感じるのだろう。何を今更、みたいに思うのだろうか。

そこが、知りたい。

2008/6/5