定食と文学

定食と文学

2021年7月24日

52「定食と文学」  今 柊二  本の雑誌社

作者は定食評論家。そんな職業ってあるのか、ってちょっと突っ込みたくなったが。読んだら、これがたいそう面白かった。

林芙美子と獅子文六は、二大定食作家なんだそうだ。そして、小津安二郎と山本嘉次郎、伊丹十三は、三大定食映画監督なんだそうだ。大阪の定食は、はるき悦巳、宮本輝、織田作之助が代表し、児童文学からは、「いやいやえん」から宮崎駿まで、それに、漱石や鴎外、ブラジル移民の定食として、石川達三や北杜夫が登場する。

彼らの作品に登場するさまざまな定食を分析、評論し、同じもの、あるいは似たものを探して食べ歩く。白黒だけど、写真もたっぷり。これが、うまそうなんだなあ、実に。

「鴎外の恋人」を読んだばっかりだったので、彼の「雁」を鯖味噌定食から論じているのに、引き込まれた。鴎外は、鯖の味噌煮が大嫌いで、下宿の食事にそれが出たのがいやで外出したところから、恋の物語が始まる。つまり、鯖の味噌煮がなかったら、この作品は成立しなかったことになる・・んだって。なぜ、鴎外は、そんなに鯖の味噌煮が嫌いだったのか、作者は鋭く追及する。戦前の味噌の消費量の地方分布や、鴎外の出身地、津和野で鯖がどのように供されていたのか、「魚町」という筋の存在まで調べ上げる。

鴎外は、鯖が嫌いなのではなかった。逆に、新鮮な鯖を好んで食べていたがゆえに、鮮度の悪い鯖を単純に味噌で味気なく煮込んだ定食が、許せなかったのだ!

と、そこから、京都の今井食堂の鯖煮定食を食べに行くくだりは、つながりに無理があるけど。鴎外が、こんなおいしい鯖煮を食べていたら、「雁」は書けなかったよなあ、って結論が、なぜか納得できちゃった私であった。

2011/6/9