届かなかった手紙

届かなかった手紙

2021年7月24日

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届かなかった手紙 原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び」

大平一枝 角川書店

 

広島、長崎に透過された原爆を製造開発した「マンハッタン計画」に携わった人間は最盛期でひと月十二万人。関わった科学者、技術者は三千人。彼らの心の物語を書きたい、というのが著者の願いだった。
 
ハンガリー出身の科学者、レオ・シラード。「ナチスドイツに対抗するために原子爆弾の研究が必要です」とアインシュタインに手紙を書かせた人物である。彼は、一方で原爆投下直前にトルーマン大統領に、日本に警告せずに原爆を投下して無差別に殺戮することに反対するという七〇名に科学者の署名を送ってもいた。原爆の製造を焚き付けながら、使用を止めようとした彼を追うこと。関係者が高齢で次々に亡くなっていく中、今でなければ証言を得ることが出来ない、と少ない予算の中、渡米してインタビューを敢行し、資料を探し、書き上げられたのがこの本である。
 
本当に重大なことが書かれた本だと思う。原爆の製造に携わった科学者たちが、その使用を止めようと努力したことや、戦後に原子力、物理学から離れて違う専門分野へ移る人もいたこと、戦後ずっと核兵器に反対する運動を続けた人もいれば、ベトナム戦争の枯葉剤に抗議する原動力となったもなったこと、また、原爆投下に際して日本の科学者へ密かに手紙が送られていたことなど、知らなかった事実が次々に出てくる。貴重な本だと思う。
 
だが、その一方で、何か印象が薄いというか、心に訴えるものが少ない、弱いと感じてしまうものがある。私の読解力の責任もあるだろう。が、なんというか、文章が散漫なのだ。あるいは、これこそを伝えたい、という強いものがうまく伝わってこないのだ。文中で本人がこう語っている。
 
「うーん。なんだか煮えきらないというか、胸にすとんと落ちるものがなくて・・・。私は科学者に謝罪をしてもらいたかったのだろうかと。それがなかったから今こんな気持ちなのか、それとも、原爆によってその後の地上戦を食い止めることができたとみなが思っていることに苛立っているのか。自分で自分の気持ちがわからないのです。ただやっぱり細部の真実はアメリカには伝わっていないんだなあ、科学者も知らないんだなあということは痛いほど実感しました。」
 
そこだよなあ、と私も思う。インタビューしていても、相手の言葉に、作者が「私が聞きたかったのはこんな言葉じゃない」と思う瞬間が何度か描かれている。だが、そもそもが、回答をあらかじめ期待して、その通りでないと失望するというインタビューのあり方はどうなのだろう。自分の願ったとおりでないとがっかりした気持ちは、おそらく相手にも伝わっているだろうし、実際に、再度取材を申し込んでも断られている。高齢であることや、振れたくない部分を探られたくない気持ちだと作者は解しているが、それだけだろうか。作者の取材技術とか、事実をまずそのまま受け止めるというライターとしての姿勢に問題があったとはいえないのだろうか。
 
もう少し、時間をかけて書いたほうが良かったのかもしれない。あるいは、取材も、時間やお金がもっとあったら良かったのかもしれない。準備段階でアポが取れた科学者が、渡米前に急死もされている、関係者が九十歳を超えている・・・など先を急ぐべきことであるのは十分にわかるのだが、消化不良のまま本になってしまったように思えてならない。
 
この本をきっかけに、もう一度詳しい取材、研究が行われるといいなあ、と思う。科学の発展が、必ずしも人類の幸福にはつながらない、ということを、私たちは忘れてはいけない。
 
(引用は「届かなかった手紙」大平一枝 より)

2018/3/1