人生の救い

人生の救い

2021年7月24日

163

「車谷長吉の人生相談 人生の救い」車谷長吉 朝日文庫

「夫・車谷長吉」で紹介した「悩みのるつぼ」という朝日新聞の車谷長吉の人生相談がまとめられた本を発見。改めて読んで、彼の凄さを思い知った。

例えば「人の不幸を望んでしまいます」という主婦の相談に対して、「あなたには愚痴死が待っています」と回答する。一番最初に

まず思ったのは、この人は一生救われないな、ということでした。

から始まって、

まず自分が不幸になって、苦い思いを舐める以外に救いの途はありません。子どもが不治の病に罹るとか、夫が事故死するとか、そうなれば、あなたははじめて普通の人間になれるのです。

と断言する。そこから、唐突に自分の話をする。

私は不幸だらけで生きてきて、四十八歳の秋、「あなたのお嫁さんになってあげる」と言う女が現れ、はじめて結婚しました。

で、その話はそこで終わり、また

あなたはこれまで一度も、人生の不幸を経験(体験)されたことがないのです。

と断罪に戻る。そして、不幸とは何か、を解説した後に

あなたには人生の不幸を乗り越える力がありません。愚痴死が待っているだけです。それは私には明瞭に見えています。つまり、あなたには一切の救いがないのです。

とまで言い切る。そしてまた、

私の人生は遺伝病で、あらかじめ破綻したところから始まりました。

と自分の不幸を解説し、それに耐えていたら小説が書けたと言って

実にこの世は不思議です。

で回答が終わる。もう、相談事なんてどっか行っちゃっているのである。この力技。相談者も、もう、自分の悩みなんてどうでもいいや、と思っちゃうんじゃないかと思えてくる。すごいぞ、車谷長吉。

文庫の解説は万城目学氏が書いていて、このコーナーを連載中から愛読していた、と述べている。そして、「悩み事という精神の暗き淵から発せられた訴えに対し、さらなる奈落から回答する。全く新しい悩み事相談のかたちを車谷さんは作り出したのではなかろうか。」と指摘している。

車谷氏は、精神の回復法として、「奈良盆地を歩くとよい」と言及されていて、万城目氏もそれをおすすめしている。たしかに、奈良の空は広く、古墳も鹿も、仏像も、自分のちっぽけさを教えてくれる。そこからまた歩き出そう、と思える良い方法である。

(引用は「車谷長吉の人生相談 人生の救い」車谷長吉 より)

2018/2/21