屋久島・指宿旅行記3

屋久島・指宿旅行記3

2023年11月12日

縄文杉は展望デッキから見る。昔はそばまで寄って、抱きつくこともできたそうだが、足元を荒らさぬように、今は少し離れたところから眺めるだけ。合体木ではなく、一本だけで、太さは17mくらい、高さは25m以上。堂々とした立派な木である。樹齢は諸説あるけれど、3000年位かな。

屋久島は花崗岩でできた島なので、土からの養分が取れない。岩に映えたわずかなコケなどの上に杉の芽が根付き、少しずつ、少しずつ成長する。だから年輪が密で脂分の多い丈夫な幹が形成される。そして、何千年もかけて成長する。この木が若木だったころ、人々は木の実を採種したり魚を捕って暮らしていたのだろう。気が遠くなるほど昔から、この木はここにいたのだなあ。

などと感激していたが、さあ、帰らねば。その時点で時刻は二時ちょいすぎ。五時のバスには間に合うように帰りましょう、とガイドさんが宣言する。下りだから楽ですよー、と。

ところが、である。そこで私は気づいたのだ。右足の膝が痛い。それも、悲鳴を上げるほどに。登るときには気づかなかったのだが、下ると膝には大きな負担が。どうしても遅れを取りそうなので、先行するガイドさんのすぐ後ろを歩く。見かねたガイドさんが膝にサポーターを巻いてくれる。でも、まだひどく痛む。次に、ポールを一本、貸してくれる。おお、これを突くと、多少は楽。下りの体重負担をポールがが支えてくれる。

とはいえ、元来た地獄の四丁目。泣きながら降りる。休憩時、水場で水が飲みたいけれど、水場まで歩くのもつらいほど膝が痛い。地獄の三丁目から一丁目まで。止まったら二度と動けないと考えて必死に下りる。どれだけ頑張ったか、ついにトロッコ道にまで到達。

トロッコ線路の起点でトイレ休憩。もう、トイレまで行って用を足すのも青息吐息である。夫も、脚が上がらないとゼイゼイ言っている。ここで山道が終わって平坦になるので、ポールはいらないと言ったら、夫が使うというので渡す。そうか、つらいのは私だけじゃないのね。

他の五人は結構、元気そう。どうやら日頃から山登りに慣れていらっしゃる様子。ガイドさんが、ここからは順番に先頭に立ってローテーションで歩きましょう、という。四時台のバスに載れたら最高、遅くも五時のバスには乗りたいですね、ですって。

三分おきくらいに先頭がくるくる入れ替わって列をなして下っていく。若い人、慣れている人はペースが速い。どうしても私と夫が遅れを取る。前の人がはるか彼方へかすんでいく。私も夫も決して遅いペースじゃないのよ。でも、彼らは飛ぶように進んでいく。

五時のバスにどうしても乗らなきゃいけないのか、五時四十五分の最終バスもあるじゃないか、と考える。でも、いま止まったり、ペースを落としたりすると、二度と歩けなくなるような気がする。足が進む間は、何とか食らいついていかないと、ここで座り込んだら、もう動けない、誰も助けてくれない、迷惑もかける。がんばろう。

バス搭乗口まであと一時間程度という場所で、ガイドさんがほかの人に、先に自分のペースで進んでください、と遂に宣言する。ガイドさんは、私と夫をサポートしながら、なんとか五時のバスには間に合わせるので、先に行って待っててください、と。ううう。私も夫もボロボロである。

励まされ、あと三十分ですよ、などと声をかけられながら必死に歩く。そして、ついにバス乗り場へ。出発五分前である。ぎりぎりで席も空いていた。ほかのメンバーに「よく頑張りましたね」とぐ~タッチしてもらう。そして、バスに乗る。登山口でバスを降りようとしたら、脚が自分のものじゃなくなってる。意思では動かない感じ。無理矢理手で持ち上げるようにして、悲鳴をあげながら、ぎしぎしと降りる。膝と足首が固まってしまって、石のようだ。夫と私がぎくしゃく歩いていると、同じような歩き方の人がほかにも何人かいた。

そこからガイドさんの車に乗り換えて、それぞれの宿に送り届けてもらう。あまりに我々がつらそうなので、ロキソニンや湿布薬などをAコープ(宿のすぐ近くのスーパー)で買ったらどうだろう、と同じ宿の人が提案してくれるのだが、いやいや、もうAコープまでどうやって歩いていけるのか、想像もつきません。すると、その人は、自分は買い物がたまたまあるので、あるかどうかついでに見てきてあげる、売ってたら買ってきますね、といってくださる。ああ、この世には天使がいるのね。拝んでしまう。

ガイドさんに、お風呂でよくストレッチしてくださいね、と言われて降ろしてもらう。降りたはいいが、フロントまで歩ける気がしない。が、何とかせねばならんので、頑張ってフロントで鍵を受け取る。それから、部屋へ向かう。我々の部屋は別館で、フロントから少し歩く。途中、風呂場への通路でちょっとだけ、五センチほどのすのこが敷かれて段になっている場所があるのだが、それが高い高い障壁に見える。ひいひい言いながら超えて、別館の入り口に入ると…おお、我々の部屋は、二階である!靴を脱ぎ、手すりにすがって、カニ歩きのように、這いずるように上がる。なんて遠いんだ、二階。死にかけながら、部屋になだれ込む。帰ってきた!!

部屋には帰ってきたが、どろどろの服と体をどうにかしなければならない。夕食も取らねばならない。しかし、もう、二階から降りられる気がしないのである。

ガイドさんの言葉「今夜はお風呂でよーくストレッチしてくださいね」を思い出し、部屋の小さなユニットバスまで這って行ってお湯をためる。下に降りればちょっとは広い共同風呂があるのだが、階段を下りることがすでに想像できないので。

倒れるように風呂に入る。おお、お湯の気持ち良いことといったら!ガチガチの膝も足首も緩む気がする。でも、もう二度と上がれないわ。このまんま、お湯の中で眠りたい。そうもいかないので、ゆっくり浸かった後、適当なところで出る。温めたせいか、ちょっと歩けるようになっている。ひっくり返っている夫に、お風呂は効くよ、と勧めると、ずるずると風呂場に移動していく。

ふたりとも入浴をすませ、手すりにすがって時間をかけて階段を降り、わずかな段差に唸りながら本館の食堂で夕食。夫は生ビールを頼み、私も一口もらう。本気で飲んだらもう部屋に戻れそうにない。ビールはおいしすぎるけど。

向こうのテーブルには、我々より一回り歳上のグループがご機嫌で会食している。明日は縄文杉に行くらしい。おいおい大丈夫?会話の断片が聞こえてくる。
「これは75歳までのツアーだから、○○さんは今回来れなかったのよね、私はぎりぎりでよかったわー。」
おお、やっぱり御年輩ではないか。明日はリタイアなさらないといいけど。
「だから、途中で休んだりしなければいいのよ、一気に登っちゃえばいいの。」
「でも、この間の富士山ランニングでは、さすがに七合目で息切れしたわよ」
・・・剛の者たちの会話ではないか。富士山ランニングって…初めて聞いた。先輩方、見くびって申し訳ない。

そこへ、さっきAコープまで行くと言ってくださった方、登場。やっぱりAコープにロキソニンや湿布は売ってなかったんですって。いえいえ、見てきてくださっただけでも、心から感謝いたします。ありがとうございました。

部屋に帰って、早々に就寝。泥のように眠る。翌日も、這いずるように降りて朝食。少し動けるようになったので、共同浴場で朝から入浴。部屋でひたすら休み、お昼にAコープまでよろよろ歩いて昼食を買いに行き、食後はまた入浴。その間にストレッチとマッサージ。足が痛すぎて気づかなかったが、やっぱり転倒した時に打った脇から胸にかけてが痛むので、そこも念入りにストレッチ。手すりは必要だが、なんとか階段を上り下りできなくはない程度になってきた。どうやらじっとしているのはよろしくないらしい。痛んでも、多少歩いている方が楽になる。

だが、特に何もせず、ひたすら風呂に入っては休む、を繰り返し、夕食となる。昨日の先輩方はお元気にシャキシャキ歩いて帰ってこられており、乾杯などされている。ううう。修行が足りん我々である。

このころには、実は脇から胸にかけてがひどく痛んでいた。夜、横になると体を動かすのがつらい。寝返りを打つたびに痛みで目が覚める。うんうん唸っていたら、夫が気が付いて心配してくれるので状況を説明し、明日は受診したほうがいいかも、ということになる。

夜、夢を見る。足が動かなくて、車いすに乗っている私。夫が車いすを押そうとしてくれるのだが、そういう彼も足が動かず、気が付けば二人で車いすに乗っている。両手で車輪をこぐのだが、私は左わきから胸が痛むため、右側しか動かせない。そして、車いすはくるくると同じ場所を回転し続ける・・・・。

朝。まだ七時だが、試しに島内の大きな病院に電話してみる。夜間受付の人が出て、状況を説明すると、整形外科を受診したほうがいいとは思うが、予約制なので八時に電話するように、と言われる。医師は鹿児島から飛行機で通ってくるので時間が限られており、飛び入りの患者を診られない場合もある、とのこと。そうか。飛行機で通勤か。島だもんなあ。

朝食に行く。昨日よりさらに階段が楽になっている。手すりは必要だけどさ。例の先輩方は元気いっぱいで、長老らしきお方、はこれから散歩に行ってくる、なんて笑って言う。すごいなあ。

八時に病院に電話すると、九時に電話しろと言われる。九時に電話すると、予約が取れるかどうか…などと言われるが、少し待つと、午後なら空いてる、ですと。ああ、よかった。三時半はどうでしょう、と言われた。

バス会社に電話して、Aコープ前のバス停から病院まで、3時半に行くためのバス便について尋ねる。
「その時間帯のバスの本数は結構あるんですけどねえ。そうですねえ、2時24分のバスでどうでしょう。ほんの5分ほどで着きますよ。」
…って、一時間前についちゃうじゃん。聞いてみると、次の便は一時間後。一時間に一本あれば「本数は結構ある」のか。そうかそうか。それに乗りましょう。

午前中は、脚を慣らしたほうがいいので散歩に行く。運動会の予行練習中らしき小学校の脇を通り、宮之浦大橋を渡って益救神社。鳥居と棕櫚の木の取り合わせが南国らしい。

そこから世界遺産登録記念碑を通って宮之浦港のフェリー乗り場まで。コーヒーが美味しいという一湊珈琲焙煎所は乗り場の二階で階段しかないが、頑張って上る。と、定休日だって。仕方ないので、下る。ううう、膝が痛い。宿の方へ戻ってちょっとしゃれたカフェでお昼。スモークサバの入ったパスタ。おいしゅうございました。

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