引っ越します

東京転勤の内示を受けたのが2月末。すぐに引っ越し屋が来てダンボールを置いていってくれたので、どんどん本を詰め込んだ。大量のダンボールが積み上がったところで、コロナにより転勤一ヶ月延期というお知らせ。あらまあ、と不便な生活をしながらも、東京の社宅も決まり、持病の主治医に東京の病院への紹介状も書いてもらった。東京の友人にも、また戻るよー、遊んでね、などと連絡もとっていたのだが。またまた、期限を決めずに人事異動凍結のお知らせ。そのまんま、今の家でダンボールに囲まれた生活を三ヶ月弱。
 
どちらにせよ来年春には退職の予定で、社宅は出ねばならない。当初の予定では、東京の社宅に住みながら一年かけて都内に住居を見つけるつもりであった。我々二人はどちらも転勤族の子であったから、故郷というものを持たないし、どこに住んでも良い。ただ、私の老親が東京寄りの千葉県で独居しているのであまり遠く離れたくはない。東京に友人関係は集中しているし、土地勘はある、好きな店も多く、お世話になった病院もある、子どもたちもできれば東京に拠点があると助かる。美術館や博物館、劇場、映画館など文化的施設の集中する東京に住むと老後楽しいよな、と思っていたので、東京に終の棲家を、とほぼ決めていたのである。が・・。
 
人事が凍結されて宙ぶらりんで居る間に、今住んでいる街は住心地が非常にいいよね、という話になった。人は真面目で親切で、嫌な思いをしたことがない。車の通らない小道が多く、緑や花が美しく、川には鷺や鴨が当たり前に住んでいる。少し長く路線バスに乗るだけで観光名所や温泉地にも行ける、山もある。自転車で数分走ると美しい田園風景が広がる。図書館は読みたい本がすぐに回ってくる。いろいろな店も一通り揃っている。美味しいお気に入りの飲食店もいくつか見つけて顔なじみにもなった。何より、人が少ない。その割に、新幹線に乗りさえすれば、すぐに東京に出ることもできる。各空港にも直通バスがでていて、座っているだけで運んでもらえる。問題は、持病を見てもらう病院が混みすぎることくらいか。
 
最初は、東京に転居してから、この街に終の住処を探しに来る、という案もあった。その流れもあって、いくつか住居を見て回りだしたのが4月のはじめくらいだろうか。探しているうちに、もう、東京には行かないで、退職までごく短い期間なのだから、ここに住んで新幹線通勤する手もある、と夫が言いだした。コロナもいつ収まるかわからないし、収まったところでまた再燃する恐れもある。私は持病持ちでハイリスク該当者でもある。そんな危険を犯してまで今、東京に行くのはどうだろうか、と不安であった。だから、良い物件があれば、そのアイディアも悪くないかもね、と思った。当初は駅のホームから見えるほど近いマンションなども見たのだが、さすがに電車の音が(夜の貨物列車が結構多いらしい)気になりそうだということになり、もう少し町の中に入って探すうちに、ほぼ新築のマンションが売りに出ているのを発見した。我々が二年前、この地に越してきた後に建って売り出されるのを見ていた物件である。あそこに住んだら会社や駅や図書館に通うのが楽だよね、などと言っていた場所。
 
そこを内覧して検討している内に、どうやら人事凍結が解除されて、7月1日付でいよいよ転勤になりそうだぞ、という話になってきた。転勤が決まったら、今の社宅は出ねばならない。決めるなら今だね、ということになり、バタバタと契約をして、結局、今住んでいる街に残留決定。転勤命令が出てからでは慌ただしいので、今月末には引っ越してしまおうということになった。
 
というわけで、東京には戻りません。夫に言わせると、すごろくのさいころを振って、お江戸で上がり、と思ったらひとマス戻るのコマを踏んだ感じ、だそうだ。そんなに簡単に決めちゃっていいの、と子どもたちには言われたが、今までだって流れに任せて生きてきた私達だもの、案外こんな顛末がふさわしいのかも、と思ったりする。友人関係は相変わらず東京に拠点があるけれど、新幹線に乗ればいつでも会えるしね。みな、遊びに行くねー、と言ってくれたし。
 
同じ市内なんて、こんなに近い引っ越しは生まれてはじめて。自分の家に住むのも、結婚以後は初めてだし、いろいろ戸惑うところもあるけれど、引っ越し自体は慣れています。三ヶ月間のダンボールに囲まれた生活も、あと少し。最後の引っ越しだあ!!

2020/5/24