死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人

死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人

2021年7月24日

「死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人」池谷幸司

17歳の時、母親を殺し、少年院を出てしばらくして、大阪で姉妹を刺殺した事件の犯人、山地悠紀夫を中心に、寝屋川市の教職員殺害事件も絡めて、広汎性発達障害の少年の起こす事件について追求した本。
この他にも、池田の事件、奈良の女児誘拐殺人、土浦や秋葉原の事件などにも言及されていました。

山地は、最初に母親殺しの後に、少年院では、アスペルガーの診断を受け、後の姉妹刺殺事件では、アスペルガーを否定されて、人格障害の診断を受けいています。
障害と、殺人事件を結びつけて報道することは、同じ障害を持つ人々への差別と偏見を呼ぶ危険がありますが、しかし、その一方で、犯罪の原因、予防、更生のために、その分析はとても大事な必要なものでもあります。

そのあたりの微妙な難しい部分をよく理解した上で、この本は書かれていると思います。作者の誠意を感じます。

山地の写真や作文が、最初に掲載されていて、それが胸をつきます。普通の、どこにでもいる若者の、屈託の無い顔。うちの息子の友達の一人みたいにさえ感じます。
彼の、生きてきた道筋を丁寧にたどると、その酷さにため息が出ます。彼を、誰かが支えてやるべきだった。支えがあったら、彼はここまで落ちることはなかった。こういう人は、今も、これからも、どこかにいるはずだし、そういう人を、なんとか支えるシステムを、作ることはできないのでしょうか。

障害と、犯罪の原因を、安易に結びつけるのは危険です。何が原因かと言うのは、鶏が先か卵が先かというようなものですね。この事件でも、殺された母親の、子供の育て方を考察して、母親自身にも、発達障害があった可能性が指摘されていますし、おまけに、父親と祖母はアルコール依存症でした。本人の障害の有無それ自体だけでなく、様々な要因が、彼の生きづらさを増大させ、想像するのも恐ろしいほど悲惨な子ども時代だったようです。そういう環境にある子を、親族や教師や周囲の大人達が、どうにかすくい上げていたら、違う人生が彼にはあっただろうと思えてなりません。

「死刑でいいです」と山地は裁判で言い、弁護士の上げた控訴も取下げ、自分が生きていることそれ自体が間違いだった、と言って、驚くほど早く、死刑が執行されました。池田の事件の宅間も同じでしたよね。死刑でいい、と言ってしまう人間の前に、死刑制度は何の抑止力も持たないことが、よくわかります。

反省することができない人間を、更正させるにはどうしたらいいか。そのことを、真摯に、真剣に考え続けいてる人が、一方ではいます。私は、その人たちに強いシンパシーを感じています。そして私は、死刑制度に、疑念を持たずにはいられない。けれど、それはもう、議論し続けられ、言い尽くされているかもしれない、何時までも結論の出ない問題だとも感じています。

ただ、この本を読んで、また思った。恐ろしい犯罪を犯してしまった人間を、ただ殺せばいいのか。それで、何が変わるのだろう、と。殺してしまったことで、永遠に、山地や、宅間が、心のなかに抱えていたものは、わからなくなってしまいました。彼らが、なぜ、そこに至らねばならなかったのか、私たちは、もう、永遠に知ることができない。
それで、本当に、いいのでしょうか。

2010/4/26