野蛮な読書

野蛮な読書

2021年7月24日

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「野蛮な読書」 平松洋子 集英社

平松洋子という人を、私は知らなかった。不覚であった。知ることができて、良かった。佐野洋子さんが亡くなって、ぽっかり開いた穴のいくらかを、この人はきっと埋めてくれる。年は、佐野さんよりもむしろ私にすごく近いけれど、この人なら、大丈夫だ。きっぱりとした自分を持っていて、地に足がついていて、本を読むことを、生活の一部としている。ごはんを食べるように、お風呂に入るように、本も読んでいて、そして、そこからいろいろな場所へ軽々と飛んでいける。平松さんに会えて、本当に良かった。

日々の生活の中で、本を読む。読みながら生活し、そこから考えが広がっていく。気になるとどうしても読みたくなり確かめたくなり、ずるずると次の本へと次の本へとつながっていく。脈絡の無いラインナップのように見えて、本人の中では、確かに全てはつながっている。そんな感覚が、ちゃんと文字にされ、文章になって立ち上がっている。そして、その時々の気持ちが、手に取るようにわかる、伝わってくる。

子ども時代に読めば良かった・・と平松さんが地団駄踏んだ「レミは生きている」、私はちゃんと子ども時代に読んだのよ、ふっふっふ。あれは、私の心を掴んで離さない物語だった。私の体の何百万分かの一は、あの物語からできているもの。

「忍ぶ川」で、あっと驚いたセリフも、私と同じだった。あの物語は傑作であり、私も同じくらいの年回りで読んで、同じようなことをした。あまりにも同じで、笑ってしまった。

佐野洋子に感嘆し、山田風太郎にひかれる。沢村貞子の生き方に胸打たれ、「残花亭日歴」をしみじみと読み、獅子文六が気になる。あ~、わかるわかる、と膝を打ってしまう。

一気に読んでしまった。読みたい本が、沢山出て来てしまった。ああ、また、本を積みあげてしまう。大掃除、本をこれ以上どこに置くんだ、と喧嘩したばっかりだったというのに。本に支配されてしまう。いいんだ、いいんだ。こうやって生きていくんだ、私。

本年も、これにておしまいです。
今年はほんとうに大変な年でした。
生きるということ、命の重みと向き合い続けた一年。
けれど、だれかと支え合い、助けあい、励まし合い、前を向いて共に生きることの大切さ、美しさが身にしみてわかった一年でありました。
来年が、私にも、あなたにも、皆様にも、良い年でありますように。
幸せがだれのもとにも訪れますように。

読んでくださって、ありがとうございました。

2011/12/30