歩くはやさで旅したい

2021年7月24日

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「歩くはやさで旅したい」おおうちそのよ 旅行人

「あの日、僕は旅に出た」に書いたとおり、私は「旅行人」という雑誌を購読していた。妊娠中の夏は、二人分暑い。臨月に酷暑の名古屋にいて、あまりの暑さに「アフリカだと思えば暑くない」とアフリカのガイドブックを読み漁ったのを皮切りに、私は旅の本ばかり読んでいた。小さな子供と向き合う密室の生活が続く日々、頭の中では世界中を旅して回っていた。

雑誌「旅行人」は私の妄想旅をいつも支えてくれた。おおうちそのよさんは、「旅行人」にはがきの大きさのイラストエッセイを連載していた。そこではごく普通の女性が、インドネシアやインドやカンボジア、チベットなどをひとりで旅して回って、いろいろな体験をしていた。それを眺めながら、私も彼女と一緒に旅していた。安全な家の中で、思い通りにならない幼い子の相手をしながらも、満員バスの中で怪しげなレモン搾り器をうっかり買ってしまったり、埃っぽい道でバター茶をごちそうになったりしていたのだ。

この本は、その頃のそんな連載を一冊にまとめてある。全部書き文字で、イラストの合間合間に文章があるので読むのに時間が掛かるが、この時間が貴重である。あの頃の思い出が、ばーっと蘇ってきて、実際にはどこにも行っていないくせに、ああ、ここではこんなことがあったんだっけ、なんて思ってしまった。

旅はいい。子どもたちが育ち上がって、わりに気楽に旅に出られるようになった、と思ったけれど、そうなればなったで、老親が危機的状況にあったり、自分自身の健康がおぼつかなくもなってくる。それでも、合間合間を縫って、旅に出ようと思う。今度は、頭の中ではなく、本当に、自分の足で。

2018/10/22