深海生物テヅルモヅルの謎を追え

2021年7月24日

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「深海生物テヅルモヅルの謎を追え!系統分類から進化を探る」

岡西政典 東海大学出版部

 

題名は探検家のエンタメノンフィクション風だが、実は若き分類学研究者のこれまでの研究の軌跡が描かれた本である。テヅルモヅルとは、腕が分岐するクモヒトデ類のことである。クモヒトデとは、ヒトデに似ているが、腕がもっと細い海の生物である。筆者は、「珍しい生物が見たい」という子供の頃からの夢を研究に結びつけ、かっこよくて他の人が知らないクモヒトデを研究対象に選んだ。そんな彼が、何も知らない大学生から修士、博士と進み、研究者として成長していった経緯が描かれている。
 
うちの息子も院の博士課程に在籍中である。親の経済的援助はほぼ終了しているので、彼の人生に口出しするつもりはないが、親として、先行きを心配はしている。ごく普通のサラリーマン家庭としては、息子が今後一体どうなっていくのか、研究者になるってどういうことなのか、皆目検討がつかない。が、この本を読んだら、おお、息子とほぼ同じような状況を、一歩先に進んでいる人ではないか。そうか、息子もこんな風に危ういながらも◯◯屋(研究者は専門分野を背負ってそんなふうに呼ばれるらしい)の道を歩んでいくのだなあ、とちょっと理解できた。だから安心できたかどうかは別問題だけどね。
 
深海生物テヅルモヅルの謎を追ったところで、それが何の役に立つのかどうかは不明だが、彼が真摯に研究に取り組んでいるのはわかるし、それはとても興味深いものであるのだと思われる。研究っていうのは、何に役に立つのかわからない、わけのわからないことの積み重ねの果てに、とんでもなく人類の役に立ったり、立たなかったりするものが見つかったり出来上がったりするもので、そこに無駄はない。というか、無駄とか無駄じゃないとかいうことに意味はない。最近の文科省が、すぐに役に立ちそうなものにしかカネを出さないよ、みたいなことを言っているのは実に愚かしいことだ、と私も思う。テヅルモヅルからだって、とんでもない真理が見つかることはあるだろうし、うちの息子の研究だって、いつかものすごくはじけることだってあるかもしれない。まあ、なくたって別にいいし。
 
と、なんだかうじうじ研究者の母の愚痴みたいになっていってしまうが、学問の世界ってこういうものなんだな、と垣間見ることができて、おお、みんな頑張れよ、と私は思ったのであった。極めて個人的な感想に終始してしまって、ごめん。

2016/11/4