病の皇帝「がん」に挑む

病の皇帝「がん」に挑む

2021年7月24日

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『病の皇帝「がん」に挑む 人類400年の苦闘』

シッダールタ・ムカジー 早川書房

ガッツリと分厚い本が上下二巻。これは手強いなあ、と思ったのだが、読み始めたらぐいぐい引っ張られて、意外なほど短時間で読めてしまった。それだけの力のあるノンフィクションである。

以前に読んだ立花隆の「がん 生と死の謎に挑む」をもっと専門的に、歴史を追って詳しく、かつドラマチックにしたような内容だ。著者は腫瘍内科医でがん研究者なので、立花さんよりはずっと深いものになっている。

それにしても、これだけ種々のがん治療が『進んだ』とされているのに、がんによる死亡率はほとんど変わらないという事実には愕然とする。それって、もしかして、がんを治療してもしなくても、死亡率はほぼ変わらないということを示しているんじゃないの?近年、やや減少傾向があるのは、喫煙という習慣が追放されることによる予防効果の表れにすぎないとも言えるのだし。

生存率と死亡率についても、より詳しいスクリーニングが可能になり、ごく早期のがんが発見できるようになったため、問題はさらにややこしくなっている。つまり、うんと早くにがんを発見して、それを治療した後、その患者が5年生存したとして。もし、同じ患者が早期発見できずに、がんに3年後に気づいたとして、それから治療を開始して2年後に死亡したとしたら、彼の生存年数は2年とされる。で、それは、早期発見によって生存率が上がった、ということになるのか?

この本に描かれたがんとの戦いは、実は恐ろしいほどの数の患者の苦しみと死の上に成り立っている。外科医は切りたがり、化学療法を研究するものは、副作用を物ともせずに多剤投与し、失敗し、間違いながら、『正解』にたどり着いていく。医学とは残酷な学問だ、と思わずにはいられない。それでも、私たちはその恩恵を確実に受けながら生きているのだ。

著者は、癌研究の歴史を追いながら、一人の患者のエピソードも追い続ける。その誠実な姿勢は暖かく、そこに救いを感じることができたのはありがたい。

2014/1/15