約束された場所で

約束された場所で

2021年7月24日

「約束された場所で underground2」村上春樹

「アンダーグラウンド」という本がある。地下鉄サリン事件の被害者に、村上春樹がインタビューしてまとめた本だ。我が家にその本はあるが、夫が読んだだけで、私は読んでいない。読む気がしなかったのだ。

あの事件が起きたとき、我が家は千葉に住んでいて、夫は大手町に通っていた。一歩間違ったら、夫も被害者だったかもしれないのだ。そう思うと、怖くて私は読めなかった。読まないまま、本はどこか深くにしまい込まれてある。

年月を経て、図書館で、この本を見つけた。これは、今度はあの事件を加害者側、オウムの側にいた人たちへのインタビューによって作られている。この本は読もうと思った。なぜだろう。昔から、私は犯罪の被害者よりも、加害者について知りたいと思うところがある。自分で、それが何故だか、測りかねているのだが。

読んでいて、このもどかしさはなんだろうと、なんども考えた。ここに出てくる人たちを、私は知っている、とも感じた。彼らの持っている純粋さ、世の中とのずれ、そして、何かとても欠乏している感覚。けれど、きっとどこにでもいる普通の人だろうという予感。今、隣にいて、いきなり話し始めても、何ら違和感はないだろうと思うような感覚。
私と彼らはどこか違うのだろうか。違うとしたら、それは何なのだろうか。

巻末には、村上氏と河合隼雄氏の対談が乗っていて、それがとても興味深かった。

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村上 オウムの人に会っていて思ったんですが、「結構いいやつだな」という人が多いんですね。はっきり言っちゃうと、被害者のほうが強い個性のある人は多かったです。良くも悪くも「ああ、これが社会だ」と思いました。それに比べると、オウムの人はおしなべて「感じがいい」としか言いようがなかったです。

河合 それはやっぱりね、世間を騒がすのはだいたい「いいやつ」なんですよ。悪いやつって、そんなに大したことはできないですよ。悪いやつで人殺ししたやついうたら、そんなに多くないはずです。だいたい善意の人というのが無茶苦茶人を殺したりするんです。よく言われることですが、悪意に基づく殺人で殺される人は数が知れてますが、正義のための殺人ちゅうのはなんといっても大量ですよ。だから良いことをやろうというのは、ものすごいむずかしいことです。それでこのオウムの人たちというのは、やっぱりどうしても、「良いこと」にとりつかれた人ですからねえ。

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村上 でも中には「この人は世間ではうまくやっていけないだろうな」という人は明らかにいますよね。一般社会の価値観とはもともと完全にずれてしまっている。それが人口の中に何パーセントくらいなのかは知らないけれど、良くも悪くも社会システムの中ではやっていけないという人たちが存在していることは確かだと思うんです。そういう人たちを引き受ける受け皿みたいなものがあってもいいんじゃないかと僕は思いますが。

河合 それは村上さんの言っておられることの中で僕が一番賛成するところです。つまり社会が健全に生きているということは、そういう人たちのいるポジションがあるということなんです。それをね、みんな間違って考えて、そういう人たちを排除すれば社会は健全になると思っている。これは大間違いなんです。そいう場所が今の社会にはなさすぎます。

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村上 全部きれいに説明がつくというのが、この人たちにとっては大事なんですね。

河合 そうです。でもね、全部説明がつく論理なんてものは絶対だめなんです。僕らにいわせたらそうなります。そやけど、普通の人は全部説明できるものが好きなんですよ。

(引用は「約束された場所で underground2」村上春樹 より 対談「河合」は、河合隼雄氏)

私は村上春樹の作品が、あまり得意ではない。エッセイとか紀行文はとても好きなのだが、創作作品になると、とたんにダメなのだ。楽しめないのだ。

世の中のとても多くの人が、村上氏の作品を愛し、渇望しているというのに、私はそれをちゃんと理解できない、というのは、少々残念なことでもあって、それはきっと私の理解力、読解力、想像力のなさの表れなんだろうと思っているところがある。「1Q84」という本の2巻目までは我が家にあるのだが、そんな分けで、手を出せずにいた。けれど、この本を読んで、きっと「1Q84」はここの延長線上にあるんだろうと思ったので、こわごわながら、そのうち読んでみようという気持ちになった。

さあ、ちゃんと読めるかな?

2010/4/19