綴られる愛人

綴られる愛人

2021年7月24日

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「綴られる愛人」井上荒野 集英社

「あちらにいる鬼」の井上荒野である。これは、怖い本だった。

主人公の女性、柚は児童文学作家である。編集者である夫に支配され、彼の与えるプロットによってしか作品が書けない。どんな作家であるか、立ち居振る舞いからインタビューの内容に至るまで、夫の指示に寄って立っている。

そんな彼女が20代専業主婦と偽って文通コミュニティ「綴り人の会」を通じ、クモオと名乗る男と文通をする。21歳、就活に悩む大学生のクモオもまた、35才エリートサラリーマンと偽っている。柚はDVで日々殴られていると書き、自分と会いたければ夫を殺して、と手紙に書く。

なんで「殺せ」なんてことになっていくのかな、と思う。その後の展開も、なんだかなあ、である。それによって気がつくことがあり、得るものがあり、それぞれがそれぞれに生きる道を見出すこともあるのだが、だとしても。

なんでこんな物語を書いたのだろう、と考えて思い出した。荒野の母は、実は父、井上光晴の口述筆記をし、作品の一部は代筆でさえあった・・・らしいが、もうふたりとも死んでしまって、どれが母の作品だったのかもわからない、という事実である。井上光晴は瀬戸内寂聴と長らく不倫関係にあり、それを母も知りながら、寂聴とも親しく交流し、平然としていた、という。二人で一つの作品を作り、それは愛情とか夫婦関係を超えたものですらあった、ということと、この作品は、どこかで繋がっているのかもしれない。

とすると、井上荒野にとっては、この作品を書くことの意味は大いにあったのかもしれない。

2020/6/9